花守り人の憂鬱

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「昔は、よく漬け物作ってくれたよね。俺、お店のより、お母さんのより、お祖父ちゃんのやつのが、一番好きだったよ」  それだけ言うと、少年は俯いた。開け放たれた窓から、遠くで響く電車の音が飛び込んでくる。  やがて、少年が、絞り出すように言った。 「あの時、ごめんね。俺、お祖父ちゃんの部屋の前通ったときに、聞いてたんだよ。お祖父ちゃんがヘンな咳してたの」  戸棚の蔭で、作り物めいた微笑みを浮かべたまま、瑠璃は手の中の鉢をじっと見つめていた。彼女が待つ「そのとき」は、まだやってこない。 「そのとき、お祖父ちゃん、また吐いたのかな。後片付けめんどくさいな。お母さんが帰ってきたらきっとお祖父ちゃんの様子を見に行くだろうから、お母さんに押し付けちゃえって、聞こえなかったふりしたんだよ」  少年の目には涙が滲んでいた。 「あのとき俺が様子を見に行ってたら、お祖父ちゃん、こんなことにならなかったかもしれないのに。お母さんが帰ってきて、お祖父ちゃんの部屋で叫び声あげて、救急車呼んで、そのままお祖父ちゃんと病院に行って、帰ってこなかった一晩じゅう、恐くて仕方なかったんだよ」  そこまで言ったとき、少年の目から涙が一筋つたい落ちた。心電図の示す波形は、ほとんど見つけられないほど小さなものになっていた。 「ごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい」
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