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地獄の花
「ヒトごろし」
最後に言われたのはそんな言葉だったか。
刺された腹部が熱いと思ったのも一時(いっとき)だった。
気がつくと、私は「地獄」に落ちていた。
何もない荒野。いや、何もないことは無い。岩がある。私は大きな岩に挟まれたまま動けなくなっていた。
(「ヒトごろし」か。)
そう独りごちて、はあ、と息を吐いた。岩が更に重くのしかかる。
これが無限地獄というものかと思う。
誰もいない。
ただ、びょうびょうと風が吹くだけだ。
遠くの空のようなものが赤い。
どれくらいの刻が経ったのかも分からない。一瞬だったような、ずっとずっと長い時間だったような。
私は、薄ぼんやりとした記憶を辿った。
狂うほど想いを寄せた人がいた、ような気がする。
いや、もう狂っていたのかも知れない。
私は、その人を殺した。
そんな記憶がある。
(地獄に落ちるのも当たり前、か。)
どうやって殺したのかももう曖昧だ。
ただ、殺した事によって、誰かに強く恨まれた事を覚えている。
もしかしたら、殺した相手には恋人がいたのかも知れない。
私は、想い人を殺して自分のものにしたはずなのに、一つも幸せじゃなかった。
何故だろう。
殺したら、何もかも自分のものに出来る。自分の事だけを見てくれると思っていたのに。
答えも何も分からないまま、私は腹を刺されて殺された。
ああ、多分、愛して殺した人の恋人か伴侶かなにかだったのだろう。
思い出してきた。
「ヒトごろし」
私を刺した相手は私を酷く恨んでいたと思う。
腹を刺された時、その手からその恨みが流れ込んで来るような気がしたからだ。
そうして私は、殺され、ここで岩に挟まれている。
また、びょう、と風が吹いた。
私は恨みを持っている。
殺すほど愛した人も、私を殺した人間も。
復讐してやりたい。
そう思った瞬間、ぐぅ、と岩が更に重くなった気がした。
地獄だーーーー。
私はただ、幸せになりたかっただけなのに。
愛した人が自分だけを見てくれる、そんな幸福が欲しかっただけだった。
それが、この有様だ。
みんな、みんな、不幸じゃないか。
私が殺した相手も、私を殺した相手も、
私も。
幸せになりたかっただけなのにーーー。
あんなに愛した人だったのに。
殺してしまっちゃあ、御仕舞じゃないか。
何もかも、消えてしまったじゃないか。
想いも、何もかも。
(御免なさい…)
私が、何もかも壊して仕舞った。
愛した人も、愛した人の幸福も。
幸せを、祈れば良かった。
「御免なさいーーー。」
そう言うと、岩が少し緩み、外に這い出る隙間が出来た。
痺れる感覚を確かめながら、私は岩から抜け出る事が出来た。
砂利で皮膚を擦りむきながら起き上がると、そこには、さっきまで無かった一輪の白い花が、地獄の風に吹かれて咲いていた。
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