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どのくらいたっただろうか。世界は時が満ちたと鐘を打ち鳴らして僕に知らせた。
あの子とこの国の対価は完済された。僕は役目の終わりを感じてようやくほっと一息ついた。
その時茨の先端に誰かの訪れを感じた。
それは奇麗な身なりをした若い男だった。耳をそばだてて会話を聞いてみたけれども、このあたりの地図は長い年月の間にすっかり書き換えられていてよくわからない。でも従者は男を王子と呼び、その応答からは誠実さが感じられた。
ゆるゆると茨を解いて道をつくる。茨はもうただの茨で、僕はもうただの根っこ。魔法は終わってあとは世界を開くだけだ。男は恐る恐る街に立ち入り、城に立ち入り、動かない人々の姿に驚きおののく。
一番硬く茨が巻き付いた尖塔への道を開き、その中に誘う。そしてようやくあの子のいる部屋の扉を開けて、おとぎ話の作法に則り呪いの起点のあの子に口づけをする。
その途端、茨の魔法はすっかりとけてこの城は全ての時間を取戻す。
よかった。これであの子に幸せが訪れる、そう思って僕が意識を手放そうとしたとき、頭の中に声が響いた。
「駄賃である」
懐かしい魔女の声とともに茨を通して僕にわずかの魔法が僕に戻る。
僕はその全て魔法を使って、僕に繋がる茨の全てに花を咲かせた。たくさんの大輪の真っ赤な薔薇を。その花びらは風を呼んで春の暖かさを呼びよせた。眠りについたあの子と同じように。
僕は確かにあの子を祝福して、散り果てた。
◇◇◇
その羊飼いの身体は今もこの城の地中深くで静かに横たわっている。
この羊飼いのことは世界と茨の魔女以外、誰も知らない。
Fin.
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