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これは姫が眠りにつく原因となった小さな茨の魔法のお話。
ここは物理と魔法が支配する世界。
物理と魔法は全く異なる定数で動いているけど、不思議と関連して存在している。その関係性は未だ解明されていない。学者や魔法使いにとっては果てなき挑戦だ。
でもそんなことはこの世界に生きる多くの人には関係ない。僕も何年か前まではそうだった。けれども今の僕には小さな種が植え込まれ、それに促されて羊とともにここまで歩いてきた。
遥か向こうの地平線に霞む青灰色の山。そこから運ばれてくる風が草原を渡る。最初に遠くの黄金色の草の穂先を波のように揺らしてその訪れを知らせ、目の前に散らばるモコモコの羊の毛を撫でて、どこか乾いた匂いとともに僕に到達してそのまま背後の丘の麓にある城下街まで流れていく。
僕にはこの風が物理ではなく魔法的なもので、時間が来たという合図だと明確に感じられる。だから僕はあの山の麓からここまでやってきた。
待ち合わせていた商人に全ての羊を売り渡して、その代金で高い通行税を支払って、丘の麓の石造の壁に囲まれた街に入る。今日はこの国の姫の16歳の誕生日。
本来は悦びに満ちる日であるはずなのに、街は悲しみにくれたようにひっそりとして、まだ日は高いのに商店の門扉は半ば閉じられていた。
広場の真ん中には焼き尽くされた糸車の残骸が積み上がっている。
何があったんですか、とかそんなことを聞く必要もなく、僕はその理由を知っている。今日が魔女との約束のその日。僕がここまで来た理由。
見上げると視界に入るキラキラと美しく光る白くて優雅なお城。このお城はあの女の子にとても似合っていて、春の温かな陽光をその白い外壁で照り返していた。
僕はその城の前で待つ。時間が来るのを。
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