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兆
ジタバタと泳ぐように、世界を生きてきた。
流れのない場所にも、流れをつくりながら。
動いていないと、死んでしまうようだった。
自分とは何か、深く考えるのはやめた。
ただ、目を背けて、ひたすらに動いてきた。
世界最先端の研究を行う、名の知れた研究者。それが僕の肩書きのうちの一つだ。
所属する大学は、僕の名が売れたことに恩恵を受け、入学希望者を大幅に増やした。
メディアの露出も増えた。
ますます、止まらずとも済むようになった。
僕は、人より確かに思考が早い。それは全力で今を、「動かす」ことに費やしているからだ。
ただ単に、人生を浪費するということが考えられない。だから、常に頭を動かしている。もう随分と昔に、それは自分の習慣となった。
よって、求められる多くの要求に応えることも、人より容易く、ストレスは少ない方だろう。
僕は、動く人だ。そのために、生まれてきたのかもしれない。
3月の中旬。
数分単位の過密スケジュールをたった数時間の睡眠で繋ぎ、研究室に向かう。
自分のチームの学生さんは皆、研究にひたむきで優秀だ。みていると、刺激をもらえる。
「あ、奥田さん、おはようございます」
「おはよう」
また研究室で夜を明かしたのか、机に張り付いていた毛布のかたまりがむくっと起き上がった。修士課程の学生、平田さんだ。
「先生、今度やる実験の仮説論文書いたので、見てもらえませんか」
「いいよ」
こちらが特段何かのアクションを起こさずとも、主体的に動く学生さんは有難い。有難いというか、嬉しい気持ちになる。
動かない人が周りに多いと、否が応でも悲しくなるのだ。こうやって、完全にではなくとも、自分の速度に追いつこうとする学生がいることが、僕の喜びだ。
「そういえば、新しい助手の方が今日来るんですよね」
「あ、そうだっけ。4月からの人か。」
「はい、会えそうです?」
「今日は、割とここに居られるから、たぶんね。」
研究室にもまた、新しい風が吹く季節だな。
そう考えながら、最早ここに住んでいるとも言える学生や教員に酷使されている可哀想なコーヒーメーカーを動かし、引き締まるような苦さを味わった。
そろそろ、新しいの買うか。
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