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滞在中の出来事(後編)
「リルちゃん! そこの誘導宝石、制御できるか?」
「すぐに! ……はい、大丈夫です。発動どうぞ!」
今日は、魔法具の工房に来ていました。カラットさんのお店にあったようなこじんまりとしたものではなく、最新の設備が揃っていて、大人数の技師が働いている工房です。その分色々な技術に出会えるわけですから、わたしはとても楽しみにしていました。まぁ、あの小さな工房の雰囲気も好きでしたけれど。
そんな大きな工房が何故わたしに依頼をしてきたかというと、先日受注した魔法具作成の納期が早まり、そこに割ける人員が足りなくなってしまったから、ということでした。その魔法具は大規模かつ複雑なもので、普通の技師を一人や二人増やしたところでは間に合わないし、そもそもその程度の技術では足りないらしいのです。
何だか買い被られているような気がしますが、嬉しくもあります。「よし、頑張りましょう!」と自分に活を入れました。
実際に働いてみると、確かに難しい作業ではありましたが、手が出ない程ではありません。そして何より働いている皆さんの人柄が良く、わたしは既に、働きがいというものを感じ始めていました。……これが労働というものなのですね!
任された作業は全体的な補助です。制御されていない魔力がないか、逆に魔力の足りていないところはないかなど、常に魔法具や魔法陣の様子を確認します。重要な役割ですが、普段から似たようなことはしていましたから、すぐに慣れました。
「そういえば、神殿の魔法具は手入れが難しそうでしたよ」
お昼を過ぎた頃には、会話をする余裕も出てきました。内容はやはり、仕事に関わる話が中心になります。今は大きな仕事がありますが、雇っている人数が多いため、普段は仕事を探してくるのも大変らしいのです。
それを聞いて、神殿の魔法具のことを思い出します。魔法陣が壊れかかっている物が多かったのです。そこまで手が回っていないようでしたから、外に頼めば良いのにな、と思っていました。
魔法陣は、定期的に魔力を流さないと、雑多な“気”に晒されて劣化してしまいます。特に、神殿の魔法具に使われていた魔法陣は、劣化が早いタイプの物でした。
魔法具の魔法陣は、大きく二種類の描き方――魔力を使って描く方法と、使わないで描く方法に分けられます。
前者は、普通に魔法を使うときと同じように魔力で描く方法です。描くための魔力も、魔法具に定着させる技術も必要ですが、その分劣化はしにくくなります。
後者は色々な方法がありますが、よく見るのは、彫るものとインクで描くものです。これは魔法使いでなくとも作れますが、魔法使いでないと使いにくい、という欠点があります。
フレッド君のような特殊な場合を除いて、人は基本的に多少の魔力を持っています。それでも魔法使いになれない人がいるというのは、実際には皆が皆、同じように魔力を扱えるわけではないからなのです。魔力を何となく感じたり、適当に放出したりすることはできても、魔法陣の形に合わせて魔力を流すことは難しいのだと、聞いたことがありました。
その点、魔力で描かれていれば、それが目印のようになって流れを誘導してくれるのです。少し値は張りますが、魔力で描かれた魔法陣の方が家庭用の魔法具として人気があります。
恐らく、神殿には魔法の使える人しかいないので、使いにくい方でも問題ないと考えたのでしょう。ですが、手入れを怠るのであれば結局変わらないことです。
「リルちゃんは稼ぎの種を見つけてくるのも上手いな」
「わたしは雇われではありませんからね。お金になることには結構目ざといのですよ? 特に魔法に関わることであれば、楽しんで稼げるのですから尚更です」
「ははは。じゃあ、今回の依頼祭はうってつけだったってわけだ!」
わたしは笑って頷きました。
「神殿に行ったのは知ってるが、他には何をしてたんだい?」
「俺は土木工事してるとこを見たぞ! ありゃ女の子にやらせる仕事じゃねぇよ」
あら、あの依頼現場は結構見られていたのですね。いくつかの依頼先で言われるものですから、少し恥ずかしくなってきました。
「魔法で荷物を運んでいただけですから、辛いことではありませんでしたよ? 他はですね、薬屋さんで回復薬や研究用の薬を作ったり、魔法騎士団の訓練相手をしたり、ですね。それから大道芸の賑やかしもしました。あれは想像以上に楽しかったですよ」
芸の盛り上がりに合わせて、火やら水やら雷やら……とにかく色々と出しました。観客の小さな子供達は大喜びでしたし、派手な魔法を楽しいことに使うのはとても良い気分でした。普段は研究か……自分達の身を守るためにしか使いませんからね。
その日は大きな問題もなく、作業を終えました。六の鐘までが仕事の時間ですが、こういった工房では魔力消費が激しく、最後まで保たない人が出てくるため、少し前に終わります。
わたしは工房の親方さんに、六の鐘まで工房を使わせてくれないか聞いてみました。フレッド君への贈り物を作りたいのです。
「それは構わないが、鍵は戸締まりは俺がするから、作業を見せてもらうぞ?」
「はい、勿論です。そんな凄い物を作るわけではありませんけれど……」
「えっ何なに? それ、俺も見ていいやつ?」
耳ざとく、一人の見習いさんが駆け寄って来ました。親方さんが虫を払うように手を振ります。
「うるせぇ、お前は早く帰って魔力体力を回復させろ」
「えーっ、良いじゃないっすか! な、リルちゃん!」
「ふふ。明日に響かせないのであれば、わたしは構いませんよ? ……あ、そうでした。親方さん」
「何だ?」
「これ、とても大事なことなのですが……」
「……おう」
ここでわたしが真面目くさった顔をすると、二人とも真剣な目つきになります。
「六の鐘が鳴ったら、わたしがどんな状態でも、ここから放り出してください」
「……は?」
「引っ叩いても、魔法を使っても良いです。何が何でも、ですよ」
唖然とする彼らに念押しし、普段寝る時に使っている結界――簡易版ですが――を発動させます。
「わたし、これから時間を忘れますので」
二人仲良くがくっと崩れ落ちるの見て、わたしは作業を開始しました。
今日はまず、ナイフの原型を作ることにします。
リュックの中から、いつもの調合セットと土台となる金属塊を取り出します。この金属は軽くて丈夫で、上手く鍛錬すると切れ味が抜群になるのです。微調整をしにくいので普通は大振りの剣にしか使われませんが、わたしはナイフこそ相性が良いのだと思っていました。
調合セットの金属板に魔力を流して鍋の形にすると、親方さんに「鍋ならうちのを使えば良いだろうに」と言われます。そうでした。鍋に金属塊を入れて、そこに少しずつ魔力を流し込みながら、苦笑いしました。
「外ですることが多いですから、癖になっていました」
「魔力が勿体無いっすね」
「足りなくなれば、回復薬がありますから大丈夫ですよ」
後ろのポシェットを見遣ると、親方さんが呆れたように溜め息をつきます。
「馬鹿か。普通、そんなほいほいと魔力を使ったり回復したりしたら精神が疲労するんだよ。……大体、今日既に飲んでたよな? 誰よりも魔力に余裕があったのに、何してんだと思ったぞ」
「あ、それ俺も思いました」
「常に魔力に余裕があるくらいでないと、心配なのですよ。それに、少しずつ魔力を増やす訓練でもあるのです」
「それ以上増やしてどうするんだよ! ったく、無茶しすぎだろ」
そんなことはありません。昔は、回復のしすぎで何度も気絶していましたから、確かに無茶だという自覚はありました。ですが今は、毎日少しずつ増やしているのです。全く無茶ではありません。
流し込んだ魔力を、金属塊に馴染ませていきます。物質である金属にただ魔力を流し込むだけでは、時間の経過とともに魔力が霧散してしまいます。それを馴染ませることで、定着させるのです。魔法具の魔法陣も、そのようにして描きます。
けれども、今回はそれ以上――魔力と金属を同化させるつもりです。金属の“気”に合わせて魔力を練る必要があるため、かなりの制御能力が必要になりますが、同化した魔力は半永久的に留まるようになります。
「お前……何作ろうとしてるんだ?」
魔力を練っていると、親方さんが話し掛けてきました。
「ナイフですよ。そのために魔力と金属を同化させているのです」
「まさかとは思ったが……とんでもないことしてるな」
「え? 魔金属ってそんな珍しくないっすよね?」
「……これは魔力金属だ」
「えっと、何か違うんすか?」
うーん、もう少し魔力を増やしても大丈夫でしょうか……? あまり増やしすぎると、魔力に触れられないフレッド君が持ちにくくなってしまうかもしれないのですが、魔力が少なすぎても意味がありません。
「全くの別物なんだよ。魔金属は魔力を含んでるだけでただの金属だ。だが魔力金属は、それ自体が魔力であり金属。つまり、物質であって物質じゃねぇんだ。普通――って普通にあるもんじゃないが、聖剣とかそういうのに使われる素材なんだよ」
「えええ!? それってめちゃくちゃ凄いじゃないっすか! リルちゃん、そんなのでナイフ作って、何に使うの?」
丁度、魔力と金属の同化が完了したので、手元を覗き込んできた見習いさんに微笑みます。
「フレッド君がこの夏で準成人になるのです。その贈り物ですよ」
「そりゃまた凄いな……」
いつもお世話になっているフレッド君に、できるだけ良い物を贈りたいのです。そのためには、持てる技術を全て注ぎ込むつもりです。
さて、次はナイフの形に成形していきます。金属塊の周りに結界を張り、炎魔法で熱しました。“気”の流れを乱さないようにする必要がありますが、自分の魔力で同化させているので、むしろ扱いやすいくらいでした。
それから炎魔法と水魔法を繰り返して熱処理を行いますが、ここが肝心なところです。魔力を均等な全属性にするためには、熱処理で火属性や水属性に振れ過ぎないよう、常にバランスをみながら変換していく必要があります。
「……」
魔力金属を使った武器には「水鞠の弓」や「霹靂の槍」など属性を偏らせた物が多くありますが、わたしが作るのはナイフですから、万能な全属性にしたかったのです。けれども……。
……属性が偏りやすい、というのもあったのですね。
この作業で気がつきましたが、魔力金属は属性が変換されやすいようでした。物質でもありますから、“気”の方が環境に影響されやすいのでしょう。これは、属性変換の魔法陣を組み込んでおく必要がありそうです。
そんなことを考えながら作業をしていると、あっという間にナイフの形ができあがりました。魔力を流して、簡単に性能を確認します。
「……大丈夫そうですね」
次は組み込む魔法陣です。フレッド君が魔力を流すわけではありませんから、自然の“気”だけで常に発動し続けるようにしなくてはいけま――
――っ!
工房に張った結界内で他人の強い魔力を感じ、思考を止めました。即座に圧縮させた魔力を飛ばし、霧散させます。
「うわぁ!」
振り向くと、見習いさんが杖を出した状態で尻もちをついていました。どうやら、六の鐘が鳴っていたようです。親方さんは、何か複雑な表情をしています。
「ご、ごめんなさい。そして、ありがとうございます」
それから数日かけて、わたしはナイフを完成させました。
握りやすいように、そしてフレッド君の好みに合うように小さく削ったいくつかの宝石にはそれぞれ魔法陣が組み込まれていて、柄の部分に埋めてあります。勿論、カラットさんのお店で買った最高品質の宝石です。
脚やベルトに着けられるよう、ホルスターもあります。こちらにも色々と仕込みましたから、実際に使われる時が楽しみですね。……その前に、ちゃんと受け取って貰わなくてはいけませんけれど。
何度も工房を使わせてくれた親方さんには、少しだけ余った魔力金属をあげました。
加工もしていない状態で価値は低いですし、持っていると荷物になるので、貰ってくれるのはありがたいくらいでしたが、彼はとても喜んでくれました。
依頼の方は無事に完了しました。途中で予定していた魔法陣の改良が必要になるという問題はありましたが、全体としては良い内容だったでしょう。納品まで付き合ったわたしには、達成感もありました。
宿へ戻る途中、海から吹く風は夏の匂いがしました。
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