ごめんなさいの行方

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ごめんなさいの行方

 天幕を飛び出た勢いのまま、わたしは森の中に突っ込みました。空を飛ぶのは本当に久し振りで、かつ身体のバランスを上手く取れないのです。案の定すぐ木の枝にぶつかり、そのまま落下します。 「いったたた……」  何とか魔力を操作したことで強い衝撃は免れましたが、それでもたくさんの枝葉が当たり、あちこちに擦り傷が出来ています。服も、ところどころ破けてしまいました。  ですが、そんなことはどうでもいいのです。 「わたし、何てことを……!」  焦って、感情がぐちゃぐちゃになっていたとはいえ、あのような酷いことを言ってしまうなんて。それも、魔力がないとフレッド君を見下す人達を良く思っていなかった、わたし自身が……!  零れそうになる涙を、ぐっと堪えます。酷いことをしたのはわたしで、悲しいのは、怒るべきなのは、フレッド君なのですから。 「……っ」  けれども。早く謝りに戻らなくては、そう思っているのに、身体の感覚が薄れて動けまけん。あの“気”の感触が、魂の気配が、こびりついて剥がれないのです。  トサッ。  わたしは今すぐに立ち上がるのを諦めました。そのまま後ろに倒れ、落ち葉の中に寝そべります。  ぐるぐると頭の中を巡る罪悪感と嫌悪感に、思考まで乱されるようでした。それを振り払うように、左手の指輪をそっと撫でます。しばらくそうしていると、ざわつく頭の中は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。  それから、ふぅ、と息を吐き、フレッド君に貰った耳飾りを外しました。かざしてみると、それはきらりと揺れます。 「……」  心なしか、青い輝きが深みを増しているように見えました。それはまるで、フレッド君に心の中を覗かれているみたいで。……今のわたしには、それがとても苦しく感じられます。 「……フレッド君。ごめんなさい」  身体の感覚が戻るよりも先に、落ち葉を踏む足音が聞こえてきました。その音で、歩き方で、フレッド君だと分かります。 「リル」  仰向けになっていたわたしを、彼は覗き込みます。一瞬、手の中にある耳飾りを見て、何とも言えない表情を作りました。  返せと言われるかもしれない。そう思って、ぎゅっと手を握ります。すると、フレッド君は意外そうな顔をしました。それからしゃがんで、わたしを丁寧に起き上がらせてくれます。 「フレッド君――」 「言うな」 「……っ!」  ド、と、心臓が大きな音を立てました。謝ろうと口を開いた途端、フレッド君の指がわたしの唇に当てられたのです。息をするのも憚られて、驚いたまま固まります。指が触れている部分だけが熱く、そこに意識が集中しました。  彼は、真剣な顔で続けます。 「お前には、謝られたくない」  それは、どういう……? もしかして、謝罪すらも受け取って貰えない程、嫌われてしまったのでしょうか。そう思うと、悲しくて、喉の奥がぐっと痛みました。けれども、悪いのはあんなことを言ってしまったわたしです。わたしが―― 「違うぞ?」 「……?」  落とした視線を上げると、フレッド君は溜め息をついて指を離しました。 「そもそも俺は怒ってない。謝る必要がないだろう」 「え、と……」 「それに実際、リルの言う通りだ。魔力がないから、お前が何に不安を感じていたのか、分からなかった。……悪かったと、思ってる」 「ど、どうしてフレッド君が謝るのですか!? わたしの方が余程――」  また、口を塞がれます。……軽く、睨まれながら。  当たった手の指に、口が小さく震えているのが分かります。この感覚の先にあるものを知りたくなくて、わたしは目を逸らしました。……本当に、フレッド君という人は、どうしてこうもわたしの感情を揺さぶるのでしょうか。 「俺は魔力がないから、その分を他で補うようにしてきた。ずっと、そうしてきた。剣技も、勉強も……リル、お前に対しても、そうでありたい。魔力がなくても、ちゃんと理解していたいんだよ」 「……フレッド君」 「だが、出来ていなかった。……怒るのだとしたら、それは自分自身にだな」  違います、と出かかった言葉を、わたしは飲み込みました。フレッド君の思いを否定するのは、あまりに失礼が過ぎると、そう思ったからです。  ……ごめんなさい。フレッド君。  ですからわたしは、心の中だけでそっと謝りました。  何も言わないわたしで、ごめんなさい。こんなときにも、誠実になれなくて、ごめんなさい。  魔力がないとか、理解していないとか、そういうことは関係ないのです。わたしが、わたしが大事なことをちゃんと言わないから、こうして今も迷惑を掛け続けているのです。けれど、あと少しだけ……!  そこまで考えると、ふふ、と笑みが溢れました。自嘲を含むその声に、フレッド君が眉を顰めます。 「何だ?」 「いいえ。ただ、わたしも随分変わったなと、そう思って」 「は、子供が言う台詞じゃないな」  彼はそう笑い飛ばしますが、本当のことです。旅に出る前のわたしは、自分がこのまま消えてしまっても良いとさえ思っていたのです。  強くなりたいと思う気持ち。  消えてしまっても良いと思う気持ち。  矛盾しているのは分かっています。分かっているのですが、わたしにとってはこれが自然なのです。どんなに強くなったとしても、きっとどこかで自分を守れなくなるから、その時はそれを受け入れよう、と。寧ろ、そうあるべきなのではないか、と。  けれどもその気持ちはだんだん薄れていき、今は、フレッド君がいるならと、この先のことだって――。 「……」  それは、あまりに都合が良すぎる話です。狡くて、欲張りで……本当に、どこまで手に入れたら気が済むのでしょう。わたしは、にこりと笑ってその気持ちを誤魔化しました。  ……フレッド君。あなたが、わたしを変えているのですよ。
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