はじめての女

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はじめての女

 鏡太郎の最初の女の話からはじめてみよう。今からもう13年前、鏡太郎が14歳のときの話だ。  その記憶をたどるとき――つまり、女を抱くときはいつもということになるのだが――鏡太郎は13年という歳月の軽さに驚く。  14歳だった頃の倍、自分が賢くなったとも大人になったとも思えないからだ。どちらかといえば14歳の頃の方がまだまともだった気もする。あの頃の鏡太郎は女の金を食い物にする蚊のような害虫ではなく、ごく普通の14歳の少年だった。  鏡太郎の父親は、観音通りで売春宿をやっていた。彼のはじめての女はだから、その宿の女であった。  その女は鏡太郎に優しかった。病弱でほとんど鏡太郎の相手をできなかった実の母親の、代わりのように接してくれていた。  そのため、ちょっと外に行こうよ、という女の誘い文句を聞いても、鏡太郎はいつものごとく、飯でも奢ってくれるのだろうな、などと思ってのこのこついていったのだ。  そうしたら行き先は、観音通りから少し離れた歓楽街の、寂れたラブホテルだった。  驚いた鏡太郎は――多分驚いたのだと思う。鏡太郎の中ではなぜだかこのときの記憶が曖昧なのだ。――女に手を引かれるままホテルに入った。  罪悪感はあった気がする。誰にというわけではなくて、母親みたいに慕った女とここにいることへの罪悪感。  そこで、生まれてはじめてのセックスをした。女は鏡太郎にセックスの手ほどきをしながら、ずっと笑っていた。声を立てて、芯から楽しげに。  「茜さん。」  セックスが終わったあと、シャワーで濡れた長い髪を乾かす背中に鏡太郎は恐るおそる声をかけた。茜は曇った硝子のドレッサーの前に座っていたので、ベッドに座り込んだ鏡太郎からも彼女の表情が鏡越しに窺えた。その顔は見慣れた優しい笑顔で、鏡太郎には茜がなにを考えているのかがまるで分らなかったのだ。  「なに?」  茜は屈託なく振り返り、化粧っ気なく白い顔でまだくすくすと笑っていた。  「なんで、俺と?」  茜は美しかったし、父の店で一番の売れっ妓でもあった。それが、どうして14歳の鏡太郎をラブホテルに連れ込む必要があったのか。  茜は応えなかった。ただ、笑っていた。  その笑っていた茜が、その日の夜に死んだ。鏡太郎の父親と2人、売春宿の鴨居に並んで首を吊っていた。それを発見したのは鏡太郎だった。  女って、本当に全然なんだか分かんない。  それが鏡太郎の女という生き物についての感想になった。
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