少女

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少女

少女はまた、つまらない一日の始まりを憂えて窓の外を見ていた。齢10にしては覚りの深い大人びた雰囲気を持つ少女は、魔女の村の一等大きな屋敷に住んでいた。大きな窓から見える外の庭はいつも小ぎれいに手入れされている。庭師のトムは、自分の覚えている限りずっとこの屋敷で働いていた。 「お嬢様、さあ、本日の授業を始めますよ。」 「ええ。」 すました声で返事をするが、本当はあまり乗り気ではない。しかしそう言って婆やを困らせてしまえば、母君が婆やをしかる。それが不憫でならない。それに、乗り気ではないとはいえ、それ以外に特にやりたいことも思いつかなかった。 ずっと、何かを学んでいる。いや、学ばされている。母君はこれを訓練と呼んだ。私は周りの魔法使いに比べて魔力が大きいらしい。だからこそ、それをさとられぬ方法や、抑える方法、うまく活用する方法を学び、より多くの魔女を助けるのだと言われた。母君がそうであるように。母君は厳しい面もあるが、立派な魔女だ。尊敬している。 一般的に魔女は非道で不潔で意地の悪い、利己的なものだと思われているそうだ。しかし私の知る限り、この魔女の村にそんな魔女は居ない。村を作って生活している魔女は、村魔女と呼ばれていて基本的に善良だ。無の民にも害をなすことはない。しかし、無の民のなかで隠れて生きる魔女の中には、彼らを傷つけたり、彼らから搾取したりする者がいる。そういう魔女が、魔女の悪評を広めているせいで、魔女狩りなんてものが世ではやってしまっている。黒門で閉ざされた村の向こうでは、今日も知らない魔女が狩人にみつかって火炙りにされているのかもしれないと思うと嫌な気持ちになった。自分もいつかそうなってしまうのかと想像したくなかった。だからこそ学ばねばならない。そうは思っていても、魔法以外のものに触れる機会がもっとほしかった。魔法以外のもの、とは一体何なのか、それすら少女にはきちんとわかってはいなかったが。 「アナベル・トリア、集中なさい。さっきから聞こえていないのですか。」 「いいえ、ごめんなさい、先生。続けてください。32ページは大丈夫です。昨日予習をしました。」 「そうですか。では、このまま40ページまで実際にやってみましょう。できればもう次の章には入れますね。」 「はい。」 アリアは呪文書を机に置くと、空で覚えた呪文を唱えだした。屋敷の空気が少しひんやりしてくる。先生の吐く息が白くなった。窓ガラスの内側が少し凍る。成功だろう。そのまま、別の呪文を唱えると、あっという間に今度はあたりが温かくなった。少しずつ温度を上げていくと先生はもういいでしょうと言った。これも、成功だ。大したことはない。呪文は得意だ。苦手なのは、次の時間に控えている薬学だった。 「問題ないですね。では明日も、呪文書を予習してくるように。今度は70ページまで、やってみましょう。躓いたら、解説しますね。」 「わかりました。」 アリアは去っていく先生の背を行儀よく見送ると、小さくため息をついた。なんとなく、退屈だった。
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