決意

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決意

マリーがいなくなり、少し劇団は静かになった。巡業は続けたが、歌姫なしの演目の芝居はいまいち盛り上がらなかった。その間、アリアはひたすら演技に没頭した。マリーが拍手をくれたあの壇上の歌はあのフレーズだけの成功だ。それ以外はまだ、点で感情ののらないのっぺりとした演技だった。座長は焦らなくていいと言ったが、明らかに劇団員の中では不満が募っていた。それは、マリーを勝手にやめさせた座長に対する不満と、いつまでも演技の上達しないアリアに対する不満と両方だった。 「おい下手くそ、公演に出ないなら、こっちきて役者の世話しろ。」 「はい。」 アリアに対するちょっかいが増えた。リリがおろおろとそれを見ているが、アリアは部屋に戻ってと指示を出す。小突かれたり、意味もなく怒鳴られたり、仕事を押し付けられたりといろいろやらされた。しかしアリアは、何事も無表情でこなした。アリアが弱った顔を見たがっている連中はそれをよく思わなかったが、アリアはさっさと解放されて演技に戻りたかった。 ある日も、通路で2人に囲まれて、用足しを頼まれそうになっていたが、丁度そこへ団長が通りかかり、そのまま彼の部屋へ連れていかれた。 「すまないアリア…ガラの悪いのが多くて…」 団長が申し訳なさそうに頭を下げた。アリアはいいえ、といいながら団長を見る。よく見ると彼はかなりやつれていた。大丈夫だろうか。眼鏡の奥の優しそうな目が、疲れをともしていた。 「団長こそ、大丈夫ですか?」 「はは…いやそれが…それがね、アリア。君にいってしまうのもあれなんだけど…私はもうだめかもしれない。」 「…どういうことですか?」 「…もともとね、持病があったんだ。それが最近ひどくなって、病院に行ったら入院しろと言われた。とんでもないよ…巡業できないじゃないか。しかし入院しないと、半年と持たないだろうと言われて…。」 団長がうなだれた。アリアはなんと言葉を書けたらいいかわからなかった。 「…劇団を、解散しようと思うんだ…。」 「…え…」 「…いや、本当に、ごめん…勝手なことを言っていると思う。解散したら、ここの連中は仕事をなくしてしまうし…そもそも最近はお給金もいくらか未払いだからみんな苦しいはずなんだ…それなのに解散なんて…」 団長が悔しそうに呻いた。 「…団長…私を…舞台に上げてください。」 「…なに?」 「お願いです。雷の男を、やりたいです。」 「でも…今別の演目を…」 「こんな言い方もなんですが、大した損害はないはずですよ…今日で打ち切りにして、明日から雷の男の短縮版、やりましょう。」 「明日からって…しかも短縮版なんて…」 「大丈夫です。きっとできます。宣伝用のあらすじ説明版…第三幕を中心にしたあれです。たまに、公演打ち切りになりそうになると月末を急いでやりますよね。あれです。大丈夫です。だから、みんなを説得してください。」 アリアの熱意におされる。すぐに準備すると言っていなくなった彼女の背をみて、団長は決心する。あの小さな子ができるというのに大の大人の自分がしり込みするわけにはいかない。やってみよう。ダメなら解散。それだけだ。
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