アリアの舞台

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アリアの舞台

本日はお集まりいただきありがとうございます。 実は本日、皆様にご覧いただきますのは、昨日までの演目とは違う、「雷の男」という演目です。こちらの演目、5幕が通常ですが、今日は特別編、一日限りで完結致します。と、いいますのも、本日、フィアンマ劇団に新たな歌姫が誕生する場に、皆様に立ち会っていただきたいからです。半年ほど前まで、マリーという歌姫がおりましたが、それ以後後継の歌姫は日々レッスンに励んでおりました。本日、漸くながら、準備が整い、急遽ではありますがお披露目の場を設けさせて頂きました。皆さまどうぞ、この美しき旋律をお聞きください。 観客は団長の説明に困惑していた。しかし、幕が上がると同時に始まったアリアの歌を聞いて、その顔をほころばせた。観客の反応を見て、団長は久しぶりに心から笑みをこぼした。正直、もうだめだと思っていた。しかしこの反応を見れば、明日にはアンコール客で席がいっぱいになることは長年の勘でわかった。フィアンマ劇団とは長い付き合いだ。40になろうという自分がちょうど20の時に拾ってもらったのがこの劇団だ。前の団長は厳格な人だった。厳しすぎるほどだ。だから自分は、もっと優しくあろうと思った。その塩梅が難しかった。古参のものは座長の世代代わりとどうじにゆるくなった締め付けに気をよくして幅を利かせた。それに耐えた若者が今、同じことを更に下の世代への態度に見せる。よくない連鎖だった。厳しすぎてはいけない、でも優しすぎてもいけないのだ。しかし自分にはもうどうにもできなかった。そろそろ潮時だろう。自分も若い世代へこの座を譲るときだ。 舞台は大成功だった。ほとんどアリアの独壇場だ。新たな歌姫の任期は急上昇し、アンコールが求められた。来る日も来る日も雷の男を講演し、気づけば1カ月がたとうとしていた。その頃から時々団長は、会場に顔を出さなくなっていた。アリアは事情を察していたが、団員からは不安の声が聞こえた。アリアが成功を収めたことにより、ちょっかいをかけてくるものたちはいなくなった。むしろ、アリアを慕って話しかけてくれるスタッフが増えた。雷の男の1日版は、ほとんどアリアが仕切って流れも演出も考えていた。だから彼女に、演出の相談まで来るようになった。アリアは雷の男のことならわかったが、そうでない話が来るとあいまいな答えをするしかなかった。いよいよこの街での公演の最終日、数日ぶりに顔を出した座長が公演前に皆を集めた。 「先に謝らせてほしい。近頃あまりここに来ていなかった。それというのも理由がある。実は私は持病でもうあまり長くないと医者に言われている。」 団員がざわめく。どうやら知っていたのはアリアだけのようだった。 「本当に済まない。不安にさせているだろう。しかしこれを機に、私は決めた。フィアンマ劇団は新しく生まれ変わる。」 「生まれ変わるってどういう意味ですか?」 「文字通りの意味だ。私は座長をおりる。そして、アリア、君に譲る。」 「おい嘘だろ、待ってくれ…確かに歌姫としては人気だけど、子供に一座を任せるってのか。」 良くアリアに突っかかってきた役者だ。時々主役も張る、名のある役者だった。 「確かに彼女はまだ幼い。幼いが、この場にいる度の役者よりも、立派な役者だと私は思っている。勿論一人に重荷は背負わせられない。私の持っている業務をスタッフの何人かに同意をもらえれば分担してこなしてもらいたい。だが、あくまでそれは業務的な話で、この劇団の方向性や演劇について、決定権は彼女に上げたい。」 これまで気弱なイメージを与えていた団長にしては、強い口調だった。その良い切りに、団員が一瞬静まる。 「ま、ただこれにはかなり、反感もあると思う。だから、言わせてもらう。彼女についていけるものだけがこの劇団に残ると良い。それ以外は、今日の公演限りで解散だ。」 アリアは驚く。自分について来る人などほとんどいないのではないかと思われる。そうなれば事実上、劇団は解散じゃないか。誰かがそういうと思った。しかし誰も、口を開かなかった。そのままその場は流れ、公演の時間になった。いつもより、団員の視線が痛い。アリアについていくべきか、迷っているのだろう。アリアはいつもより強く感じるプレッシャーに、深呼吸をした。幕の悪間際、うしろから小さく声をかけられた。 「トムさん…」 「大丈夫かい?」 「…はい…」 トムがにっこりと笑う。また、見ない間に彼の顔にしわが増えていた。 「私はどこまでも、アリア様についてきますからね。」 「…でも…」 「大丈夫です。なんとかなります。アリア様、あなたはあなたが思っている以上に、素晴らしい人です。自信をもって。」 心が静まっていく。アリアは深く頷いた。トムはいまや、大道具長になっていた。最初は名もない雑用だったはずなのに、アリアが気づかぬ間に、アリアを支える土台を作っていた。とても、優秀な人だ。そして優しい人だ。アリアは彼に勇気づけられた。舞台に向かって歩き出した。
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