女座長

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女座長

半数が去った。特にそれは古参のものと、アリアにちょっかいをかけていた役者だった。彼らに最後の給金を支払終えた座長は、すっきりとした顔で戻ってきてアリアに言った。 「これが私からの餞です。」 「どういうことですか?」 「ああいえば、あなたに反感を持つものがいなくなり、あなたのやりやすい劇団を作ることができると思いまして…ちょっと強引でしたけど。」 「確かに強引でしたね。」 アリアがかすかに笑った。それを見て、団長は目を丸くする。 「アリア今、笑いましたね?」 「?ええ…」 「私はあなたがそうして自然に笑っているのを、初めて見ました。」 「…そうでしたか?」 「はい。およそ子供らしくない子だとずっと思っていました。何を考えているのかわからないと。しかしあなたは、いつも情熱的でした。だからきっと、その心には演劇の魂が宿っていると思っていました。」 「演劇の魂…」 「そうです。見えないものですから、そんなものないと言われればそうです。しかし私は、あると思っています。演技は魂でするものです。役者は皆、命を削って、演じるのです。だってそうでしょう。自分以外の誰かの感情を、自分のものとして表現するのですから…それは人生を何重にも生きていることと同じ…その魂はいくつもの経験を通して、誰よりも洗練され、研磨され、成長するのです。少なくとも私は、演劇とは…演技とはそういうものだと信じています。」 団長はそういうと、アリアに手帳を手渡した。 「これは私の演劇の全てです。20の時から使っています。脚本は別で用意しておきましたが、この手帳には、まだ書いていないネタも、考えていた演出も、演技についても、ごったに書いてあります。こんな大役を、こんな華奢な方に乗せてしまうのは本当は忍びないのですが…あなたなら、できると思っています。」 アリアは手帳を重みをかみしめた。祖した座長にこれまでの礼を述べ、彼が病院へ向かっていくその背を最後まで見送った。明日からどうしようかと、正直不安だった。しかしアリアは、迷ってはいなかった。 いくつかの公演をこなし、ある日は成功し、またある日は失敗した。アリアが女座長になって1年がたとうとしていた。目下の課題は役者だった。これまでの演目を講演するには、どうしても役者の頭数が足りなかった。成功した日は、演目の内容を変えて役者の数に合わせていた。失敗した日は、内容の改変に対してこれまでの演出があわず、観客に違和感を与えた。簡単に増やせる人材でないからこそ、アリアは頭を悩ませた。そして、これまでの演目の一切を捨てる覚悟をする。いずれまた、役者の人数を増やすことができたら手を付けることにして、今は、今ある人でできる新たな演劇の題材が欲しかった。 アリアは街を移動する度本屋に通った。これまでアリアが読んできた本は、魔法に関わる実用的なモノばかりで、新たな演劇の題材を考えるのには何の役にも立たなかったためだ。本屋に行き、物語を片端から読み漁った。時々、これまでの演劇の総集編や、有名な戯曲の本などに当たり、使えるネタはないかと探した。しかし、劇作家とは一兆一遊で慣れるものではない。書こうと思っても府では進まず、結局これまでのオマージュをつくるしかなかった。 団員に、良いアイディアはないかと募集したこともあった。しかしまず、字を読み書きできる人というのが限られていた。いい案を出してくれたのはトムくらいだった。昔見た演劇を思い出して、まったく同じではないが似たようなストーリー運びの演目を考えてくれた。これは、高評価だった。しかし観客にはいずれ飽きが来る。演目に数がなければ同じ町に長くいることは難しい。そして移動するほどお金がかかるのだった。団員には2カ月ほど、お給金が出ていなかった。アリアについていくと決めた団員たちは、アリアのことを責めるようなことは決してなかったが、アリアはひどく落ち込んだ。もっとうまくできると思っていた。お手上げだった。
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