役者

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ついに、ルルとリリが名のある役で出演する公演が始まった。4日に分けた公演だ。はっきりと起承転結が別れた喜劇だ。起では、リリが歌い、承ではルルに主役ばりの出番がある。転で2人とアリアが登場し、結では三人と他数名の役者が出る。つまり最初の二日間はほとんど、リリとルルにかかっている、そんな演目だった。大胆なことをすると、アリアは思った。ハットは時々こういうことをする。でも今回は、自分も2人に期待していた。 出だしは好調。リリの顔見せと歌、演技、どれも問題なく終わり、1日目の受けはなかなかだった。しかし2日目、途中からルルの様子がおかしい。演技は申し分ないが、息切れしているように見える。なんとか、公演を終えるが、そでにひっこんだ彼女は過呼吸を起こした。どうやら、極度の緊張とプレッシャーからそうなってしまったようだ。ひとまず休ませるべく、ルルを部屋へ運び、戻ってきたアリアが気まずそうなハットの前に立って言った。 「あなたのせいじゃないわ。彼女もそういっていた。自分で決めたことなのに悔しいと。」 「すまない…時期尚早だった…今からでも台本を書き換えよう。」 「いいえ、だから、謝らなくていいと言ったでしょう。それに、台本も書き直さなくていい。」 「いやだが、どうする。明日からは、エリックを入れて少し結末を変えればうまく行くと思うが…。」 アリアが首を横に振った。 「いいえ…エリックではダメ…貴方が出て。」 「…なに?」 「だから、貴方が出るのよ、ハット。」 「…無理だ。」 ハットは、何を言うのかと言いたげな顔だ。まわりの面々も、アリアの発言に目を丸くする。ハットは確かに、指導者としては優秀だったが、およそ役者向きの見た目とは言い難かった。 「演技なんて…やったことはない。それに俺のこの見てくれで役者なんて…客も見苦しかろう。」 「でも芝居が好きでしょう。誰よりも。」 でも、のあとは全く理由になっていなかった。だが事実だった。ハットは誰よりも、芝居が好きだった。 「ハット、役者は確かに見てくれも大事よ。でも、演技は魂でやるものよ。あなたの魂は美しい。きっとみる人はあなたではなくあなたの魂に惹かれる。現にこの私も惹かれているもの。こんな小娘の言うことを聞くのはしゃくかもしれないわ。でも私は貴方の才能を信じてる。勿論、作家としてもだけど…役者としても。あなたならできるわ、ハット。やって。」 彼女のこの物おじしない、はっきりとした態度が、おそらく彼女を今の彼女たらしめているのだろう。ハットは、彼女の言い方に腹を立てるどころか、むしろどこか神々しさすら感じた。何故か彼女ができるといえば、できる気がした。 「…やってみよう。」 固唾を飲んで見守っていた団員たちがほっと息を漏らした。リリは硬く祈るように握っていた手を緩めた。
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