トム

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トム

魔法使いの端くれの、魔力の弱い男は、生きる場所を沢山は選べない。魔法族の義務教育期間を終えた後、限りある選べる職の一つが、魔女の下男になることだった。下男といってもやることは、魔女の身辺の世話だ。初めは良き雇用主に出会えず、雑用でこき使われては未払いのまま捨てられ、また次を探しては捨てられを繰り返した。幸い、5度目の正直でトムを雇ってくれた魔女は大きな屋敷をかまえる有力な家系の党首だった。食べるに困らない金銭を支払ってくれた上に、屋敷の大きな庭の一角の小屋に住まわせてくれた。下男にしては、高待遇の職場だった。 普段の仕事はもっぱら、庭師だ。広い庭には、魔法の植物が所狭しと植えられ、少し先の平原には魔法の動物もいた。それらの世話を約10年、続けている。初めは見たことのないものや、やったことのないことに戸惑ったが、魔力は弱くとも、本来魔術師がもつ勤勉さは彼も持ち合わせていたため、あらゆることを調べて学び、ようやく思うように仕事をこなせるようになっていた。 日課の水やりをしながら、これもまた日課でお屋敷の窓をチラ見する。いつもこの朝の時間、大きな窓からかわいらしいお嬢さんが庭を見ているのを知っていた。彼女の名はアリアだ。正確には、アナベル・トリアというらしい。自分がここで働き始めてすぐに、彼女は現れた。初めて見たときから、彼女のその強大な魔力に驚かされた。しかし今は、たった10歳でその力を制御できている。魔力を微塵も感じさせない。真っ赤なドレスに身を包んでいる彼女の大きな目が、外の世界に出たそうに輝いていた。無理もない。言葉を話すより早く魔法を教え込まれていた。少し可哀そうに思えた。彼女は一体、毎日何を思って生きているのだろうか。自分のような苦労をしてほしいとは思わないが、せめてもっと外の世界に触れる機会があればいいのにと、思っていた。 なんとなく、話したことのないその少女が望んでいることを、彼は与えてやりたいと思っていたのだった。互いにそのことを知ることはないまま、また、一日が始まる。アリアが窓からいなくなったのと同じころ、トムは動物たちに餌やりをするために道具をそろえだした。足元に、小さな赤い鼠が現れてトムを見上げる。 「おいこら、こっちの植物園に入ってはいけないと言ったろう。すぐにえさを持っていくから、はやく戻れ。」 赤い鼠はトムの言葉を聞いて少しうなだれ、そそくさと小屋を出て言った。火鼠の一家は、トムが世話している動物の中で最もトムに懐いている。彼らは言葉を理解し、言うことを聞く。よく芸なんかに使われたりするが、それだけでなく、その稀有な色の皮を求めて乱獲にあっていた時期もあった。そういった魔法の動物が、平原で囲われて保護されていた。トムはいま、この仕事が好きだった。
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