天才

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天才

天才とは彼のような人のためにある言葉なのではなかろうかと、アリアは思った。昨日まで渋っていた彼の態度は一体なんだったのか。舞台上で誰よりも堂々と台詞を述べる彼の声は、初めて聞いた時と違いなく耳心地の良い深みのあるものだった。 初め観客は、幕が上がって彼をみると、少し違和感を感じたようだ。そして彼の台詞に、昨日までのルルの役を代役でやっていると気付いたようで、不満気な声を漏らした。しかし場面が進むに連れ、彼の演技に魅了された。文字通り、彼から目が離せないというような顔をしている。不思議な魅力だった。彼の頭の中には、彼の描いた台本通りの役者がおそらく形作られているのだろう。ルルに指導していたのも、なんでも吸収し、色を変えうる彼女の演技力を見込んで、頭の中の役者をそのまま表現したかったからではないか。 そこまで考え、やはり彼は出会った時の印象通り、傲慢な人なのだと思った。まるで役者をマリオネットのように操りたがる。そしてあの舞台の上に、自分の思い描いた通りの世界を表現することを、きっと面白いと感じている。呆れた人だ。しかし、天才的な才覚だった。アリアは心の中で決めた。今後、彼は役者としても使う。彼ならいかなる役も思い通りにこなせるはずだ。そして彼の描きたい世界を、出来るだけ舞台上で描かせてやろう。それがきっと、この劇団の成功の鍵だ。 ひと場面終え、颯爽とそでへ戻ってくる彼は、歩き方までも普段の彼とは違って役になりきっていた。即席で用意させた少し丈の合わない衣装ですら、彼がきていれば元々それが彼の衣装だったように馴染む。彼が全てだった。役ではなく彼自身が、その配役の人物そのものだった。 「どういうことか説明してちょうだいハット。あなたほどの役者、私は一度もお目にかかったことがないわ。」 「…役者などやったことはない…。ただ今回のような配役ありきの台本を書く時いつもきちんと役者の姿を思い描く。その役者がどう考え、どう行動し、どう振る舞うか。それを元に、役を作った。私はそれを、そのまま演じだだけだ。」 「…やはり貴方は天才ね。次からは、できる限りあなたの役も用意してちょうだい。」 「何?」 「異論は認めないわ。貴方は劇作家兼役者。このフィアンマ劇団になくてはならない存在だわ。」 ハットは眉間に皺を寄せて、なんとも言えない表情をしていた。まわりの団員が、次の場面だとハットを促すまで、彼は黙ったまま返事をしなかったが、嫌だとも言わなかった。 そして次の演目から、ハットは自分を入れた劇を考えるようになった。
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