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魔女狩り
村は、大きな黒い門で閉ざされている。魔女の村と言っても、あたりには魔法の使えない民…魔法を使えるものは、彼らを「無の民」と呼ぶ…の村々があり、誤って迷い込まれないよう黒い門で魔法の結界を張っているのだ。その門で、ある日、大きな爆発音がした。あまりに大きな音だったせいで、アリアはベッドから飛び起きた。何事だろうと窓辺に近づくと、門から黒煙が上がっている。
キーンと、耳鳴りがした。母君の声だ。門が攻撃され、結界がもうすぐ壊れてしまうと皆に頭の中で知らせていた。姿をくらませられるものは直ちに逃げよと言っていた。くらませられないものは、箒は危険だから歩いて無の民の村へのがれて潜めという。アリアは、自分がどうしたらいいかわからなかったが、とりあえず最も大事な魔導書一冊を鞄にしまい、寝巻の上から真っ黒いワンピースを羽織った。
「アリア様!どこですか!」
「ここよ、婆や。何があったの。」
「狩人です。奴らが、この場所を嗅ぎつけて攻撃してきたんです。今、お母上が、何人かの精鋭を連れて突破された門に向かいました。皆がのがれる時間を稼ぐために。」
「そう。では私もむかいましょう。」
「いけません。お逃げください。」
「どうして?わたしはこういう時のために皆を守れと訓練されたのでしょう?今戦わずしてなんとするのです。」
「そうですが、今はいけません。今は逃れて、いずれまた、他の魔女をお助け下さい。この村はもうだめです。」
「そんな…。」
「早くアリア様。庭の奥の平原に、玉虫色の仔馬がおります。その子馬に乗って、ひたすらお逃げください。」
「嫌よ、婆や、私ここに残るわ。一人でいくなんて絶対に無理。」
「お嬢様!今は一大事です!聞き分けてください!」
婆やが、聞いたことのない大声で私を怒鳴りつけた。体がこわばる。彼女の恐怖と不安が伝わってきた。
「おい、大丈夫か。」
婆やの声を聞きつけたのか、男が部屋の入口にやってきた。彼はよく庭で見かける、庭師のトムだ。
「トム!いいこと、お嬢様を、翠に乗せて逃がして。」
「翠?平原の方はどうなっているかわからないぞ。連れっててもいいが…とにかく急いだほうがいい。行くなら馬小屋まで一番近い道を案内する。」
「ええお願い。お嬢様、行って下さい。彼はこの屋敷に10年務めている魔術師です。信用してください。」
「疑ってはいないわ…ただ私…」
アリアは背中を押されながらも、まだ踏ん切りがつかなかった。自分は戦える。戦ってこの村を守るのだと、そう思って今まで訓練していたのに、いざこの時逃げるなんて、どうしてもそれが納得いかなかった。
「お嬢様、今は耐えましょう。もしあなたが出て行って、万が一にもそのお命を落とされたら、今逃げていった魔女たちを後で守ってやれる人はもういなのですよ。今はお母さまを信じて、あなたは自分の身を守るべきです。」
トムが少女の前に跪き、優しく諭すように言う。その言葉がすっと心に入ってきて、漸くアリアは頷いて見せた。
トムは少女を腕に抱きかかえると、全力で走った。平原の馬小屋にたどり着くまでに、どのくらい猶予があるだろうか。
「どうして魔法で移動しないの?」
少女が不思議そうに聞く。
「私は下男です。あまり魔力がない。移動の魔法は使えません。」
「ならば私が使うわ。」
「いけません。これほどの距離であなたの魔法の気配を覚られては必ず追手がかかりますよ。魔法には、においがあります。どんなに訓練しても、それは消えません。その魔法を使ったのが誰なのか、必ず痕跡が残ります。それは特に、力の大きい者であるほど、はっきりと残るんです。」
「…そんなこと、誰も教えてくれなかったわ。」
「これは外で生きるための知恵ですからね…お嬢様、この村を出たら魔法の魔の字も出してはいけませんよ。外を知らないあなたには危険すぎます。」
「そんな…そんなの、私分からないわ。どうしたらいいの…。」
火鼠が、足元にまとわりつく。どうやら、馬小屋に行くトムを引き留めようとしているらしい。トムは走るのをやめて、腕の中で困惑する少女を見た。
「…お嬢様、馬はダメなようです。火鼠が教えてくれました。どうしますか?」
「どうって…私…ここから逃げないといけないのよね?」
「…そうです…」
トムは少し考えると、自分の小屋に急いで向かった。向かいながら少女に問う。
「一つ、案があります。…もしお嬢様が嫌でなければ、私が同行します。一緒に逃げましょう。私のような下男は自分が生き残るためにいくつも裏のルートを作っておくのです。このお屋敷にきたときにも、2つほどそのルートを残していました。言っておきますが、安全な旅ではありません。でも、お一人で行かれるよりは、私がいたほうが外の世界を教えられるので安全かと思います。どうですか?」
「…お願いするわ。あなたに付いきます…庭師さん。」
「トムでいいです、お嬢様。」
「ではあなたも、私をお嬢様と呼ぶのはやめて下さい。私はアリア。」
「…わかりました、アリア様。」
トムは小屋の裏手の生えた大きな木の根を踏み、何やら唱えた。すると、木々がほんの少しざわめき、一本の細い道を作り出す。トムはその道を慎重に歩き出した。歩き去るトムの背は、また木々に覆い隠される。火鼠たちが心配層のその様子を見送った。
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