団長

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団長

「アリア、ちょっと来てほしい。」 あれから数日、何もなく過ぎた。そして突然、いつもより早く帰ってきたトムさんに連れられ、この間来たばかりのテントの前に来ていた。 「トムさんここ…」 「団長が、会って話がしたいと言っているんだ。私は、君の叔父ということになっている。君が、この公演をみて演劇を好きになって、どうしてもここで働きたいと言っていると話をした。少し時間がかかったが、漸く団長まで話がいったようだ。」 アリアは唾をのみこんだ。ほんの少し緊張しているのが分かる。 「いいかい?アリア。楽な働き場ではないと思うよ。最初から役者になれるとも限らない。だが君がもし、本当に働きたいなら、私も雑用係として雇ってもらえるらしい。だから君が決めて良い。団長と二人で話しておいで。」 「わかりました。」 アリアはしっかりと頷き、テントの入り口まで進んだ。 「すみません、アリアと言います。団長さんにお会いしたいです。」 「ああ、待っていたよ、どうぞ。」 人のよさそうな調子の、男性の声だった。アリアは失礼しますと言いながらテントに入る。こじんまりした空間に、デスクと、椅子が置いてあった。団長と向かい合うように置いてある椅子に、座るように促された。 「初めまして、ラチェット・ペンサーと言います。」 「アナベル・トリアです。11です。」 「うん、11にしてはしっかりしてるね。それで、どうしてうちで働きたいの?」 「演劇が、好きになったからです。もっと知りたい、もっと触れたいと思いました。」 「真っすぐだね。でも、演劇は、君が見たものがすべてではないんだよ。舞台の上にいるのはほんの一握りの人で、あの公演をつくりあげるためには、裏でもっとたくさんの人が働いている。そういう仕組みをわかっていて、ここで働きたいのかい?」 「仕組みは、正直分かっていません。でも、たしかにあの舞台の上に出られたら素敵だと思いましたが…私はただ、もっと知りたいと思ったんです。どんな形でもいいです。ただ、演劇がしたい。」 「…そう…雑用や裏方や、誰かの世話や、そういった仕事だったとしても?」 「やりたい…やってみたいです。」 ラチェットは、目の前の少女の意志が固いことを知る。演劇に魅了されて役者になりたいと駆け込んでくる若者が沢山いるが、結局ほとんど下積みに耐えられずに辞めていく。特に、女の子は裏方仕事にはあまり向かない。だから本当は、あまり雇う余裕はないのだ。 「…わかったよ。ただし、最初はお給料はでないよ。移動芝居だから、この街からも離れることになる。旅先の宿代と交通費は私がまとめて払っているが、それ以外は自分持ちだ。」 「大丈夫です…あの、トムおじさんも…」 「ああ、わかっているよ。君は彼以外身寄りがないらしいからね、大丈夫。彼には、そこまで多くはないがお金を払える。」 「ありがとうございます。」 「それじゃあ、この街の公演が終わったら一緒に来てくれ。それまでに身支度を済ませてほしい。」 「はい!」 アリアは椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をすると急ぎ足でテントの外に出た。トムに事情を説明し、少ない荷物をまとめるために家路を急いだ。
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