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マリー
「どうして私がもう一人弟子を取らないといけないわけ。一人だって大変だっていうのに。」
「そこをなんとか、頼むよ。子役を育てるのは大変なんだ…まして、歌のレッスンなんてつけられるの、君しかいないだろう、マリー。」
フィアンマ劇団の歌姫マリー。透き通るような声が魅力の、まだあどけなさの残る女性だ。年は18と聞いた。マリーの弟子はリリと言った。アリアよりも年下で、マリーの大声に肩をびくつかせていた。
「今度はちゃんと役に立つの?リリは小さすぎて雑用もできないのよ。子守してるんじゃないんだから私だって!」
「わかってるよ。ほらアリア、挨拶して。」
「アリアと言います。身の回りのお世話もきちんとします。どうか、歌を教えてください。」
マリーは品定めするような目でアリアを上から下まで見た。
「いくつ?」
「12になるところです。」
「そう。見た目は悪くないわね。声も聞いた感じ良さそう。ちゃんと自分のこと自分でやってね。それと、あなたの方が年上なんだから、その子の面倒も見て。」
「わかりました。」
「レッスンはすぐにはやらないわよ。私について歩いて身の回りのことやって。一通りちゃんとできたら稽古つけてあげる。」
マリーはふんと、鼻を鳴らした。座長は、ごめんね、ありがとうね、あとはよろしくね、と言いながら去っていく。リリは相変わらず壁際で腕をもんでいる。
「今日はもういいから明日は朝5時に来て。着替え、ごはん、化粧、とにかく全部やってよ。やり方とかその子に聞いて。」
「はい。ありがとうございます。明日から、よろしくお願いいたします。では、失礼します。」
アリアはお辞儀をし、こちらを見ているリリの手を引いて部屋を出た。
リリの手は少し震えていた。怯えている。アリアにか、マリーにかわからない。
「アリアってよんでね。弟子同士だし、敬語もいらないと思うけど、どう?」
リリは少しほっとしたように笑って、頷いた。まっくろい、サラサラとしたストレートの髪を揺らしている。瞳も吸い込まれそうなほどの漆黒だ。肌は白く、頬はベニをさしていないのにほんのり赤かった。とても可愛らしい。
「あなたは?リリ、であってる?座長に聞いたのだけど。」
「リリ、です。本名は、リノール・リーと言います。7つです。」
「そう…マリーは…怖いの?」
「…少し…私いつも上手くできなくて、そうすると物を投げたり、ぶったりしてきます。でもこれ、他の人に話してはだめです。」
少したどたどしい話し方だ。もともと、別の国の言葉を話していたのだろう。言葉わ理解できるが話し慣れていない感じだった。
「わかってるわ。明日からは、私がやるからやり方教えて。7つじゃ難しくて当然よ。私のやり方を見て、少しずつ覚えたらいいわ。」
リリーは先ほどより明るい表情で頷いた。思ったより、演劇の裏側というのは美しくないものだと思った。しかしアリアは、明日からが楽しみだった。ぶたれようが、モノを投げつけられようが、怒鳴られようが、今は彼女に従って、稽古してもらうまであきらめるわけにはいかない。歌を覚えなければ、劇には出してもらえない。
「やってやる。」
アリアは呟いた。
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