マリー

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マリーはよく、かんしゃくを起こした。特にひどいのは、自分が舞台上でとちった時だ。セリフを忘れたり、歌詞が飛んだりすると控室中をひっくり返して喚いた。アリアは、その姿を見て冷静に、プロ意識の高い人だと思った。 この劇団の他の役者は、お世辞にもストイックとは言えないのに、彼女だけはいつも真っすぐだった。それが、劇団で一番若い役者だからなのか、それとも彼女自身のプライドの高さからくるものなのかは知れなかった。マリーが散らかした部屋を、アリアとリリは黙って片付ける。声をかけようものなら、八つ当たりされてしまうのは目に見えている。マリーはひとしきり怒りをモノにぶつけると、控室の端の窓を開け放ち、どこで手に入れたのかタバコらしきものを吸い始めた。 コンコン 「今忙しいわ。」 「大丈夫かい?マリー。」 はいってきたのは座長だった。ものの壊れる音を聞いて、心配してやってきたようだ。 「マリーそれは…いったいどこで手に入れたんだい…のどによくないだろう。」 「どこだっていいでしょ。うるさい。のどなんてどうでもいいわ。のどがつぶれようがなんだろうが、今この劇団で歌姫は私しかいないの。私を出す以外に選択肢はないでしょう。」 「そうだけど…でも…体にもよくないし…」 「うるさいって言ってんの!だいたい、どうしてこの劇団はこんなに儲からないわけ?他の役者のあの演技は何?みんないつ練習してるの?あなたがそんな腰が低くて誰にも指示できないから、こんなにまとまりがないんじゃなくって?演目は悪くないわ。悪いのは役者よ。役者の演技。あなたもわかってるでしょう?」 マリーが座長を詰める。座長は困ったように笑いながら、小さな声で謝った。 「マリー…君は…素晴らしい役者だよ。プロ意識も高いし、演技も歌も非の打ち所がない。この劇団にはもったいない。」 「ふん、わかってるわ。」 「僕が不甲斐ないせいで、君の才能をつぶしたくはない…マリー、僕の先輩の劇団にうつらないかい?」 「…なに?」 マリーが目を見開いて、タバコをふかすのをやめた。真っ赤な口紅のついたタバコを、灰皿に雑に入れて座長の方を見た。 「テリーノ劇団…聞いたことあるだろう。劇場を持ってる、ちゃんとした演劇集団だ。僕らみたいなどさ回りやってる連中とは違う。プロ中のプロだ。座長が僕の先輩で、君のうわさを知っていて…すぐにでも来てほしいと言ってるんだ。」 マリーの表情は何とも言えなかった。うれしさ半分、不安半分といったところだろうか。そして座長を見ていた目を、ちらりとアリアに向けた。 「ここの歌姫はどうするの。私…こんなこと予想もしてなくて…全く何も教えてないわよ。」 「想定内だ…だから、できる限りでいい。今回の街での公演が終わるまでの間でいいから、アリアとリリに歌を教えてほしい。公演が終わったら、あとはこちらでなんとかする。」 「…わかったわ。」 マリーははっきりと言った。アリアは急な展開に心躍った。マリーがいなくなることはこの劇団にとってかなりの痛手だろうが、アリアにとっては思ったよりも早く歌を教えてもらえるチャンスだった。アリアは、13になろうとしていた。
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