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歌声
「嘘でしょう?」
マリーはアコーディオンを弾く団員にストップをかけた。
「ほんとに?ほんとに何にも歌を知らないの?」
アリアは頷いた。知っている歌を歌えとマリーに言われた。しかしアリアは、覚えている限り一度も歌など歌ったことはなかった。歌が何かは知っていたが、歌い方を知らなかった。
「えっと…うーん…そう…じゃあ、私が今から出す音と同じ音を出して。」
アリアは言われた通り、マリーのマネをして音を出す。いくつか音が変わって、その通りそっくり出すことができた。
「音程は取れそうね…じゃあ次は、私が1フレーズ歌ってみるから、まったく同じように歌ってみて。」
マリーは今の劇の歌を1フレーズ歌う。アリアは、まったく同じように彼女に倣って歌った。歌えた。アリアは満足した。しかしマリーは首を傾げた。
「アリア…あなた、まじめにやってる?」
「え?」
「私のものまねをしても意味がないのよ…歌は、自分で歌うものなんだから。」
言われている意味が分からなかった。
「次のフレーズにいくわね。」
マリーはまた歌う。アリアもそれに倣って歌う。しかしマリーはまた首を振った。
「アリア、違うわ…あなた器用すぎるのね…ちょっとリリを呼んできて。」
アリアはマリーの言っていることに納得がいかないが、言われた通りリリを呼んできた。
「リリあなた、歌は歌えるわよね。」
「はい。」
「私の歌ったのと同じように歌って。」
「はい。」
先ほど同じフレーズを、マリーが歌い、追ってリリが歌う。そこで漸くアリアは、マリーが言いたかったことが分かった。
「アリアどう?わかった?」
「はい…でもあの…わかったんですがどうしたらいいか…。」
「…本当はもっと時間があればいいんだけど、今から楽譜を読んでもらうのも時間がないのよね…。アリア、あなたは私の音も、声も、表現方法もきれいにコピーしてる。でも、演技はそうじゃないの。誰かのマネをするものじゃない。自分の中で、音と、演技を分けて考えて。私が歌った音と曲を、あなたなりに歌うの。練習するしかないわ。」
アリアは頷く。
練習するしかない。言われた通り、寝る間を惜しんで歌った。声の出し方、のどへ負担を書けない方法も、マリーはしっかり教えてくれた。そういった技術的なことは問題なく何でも覚えられたが、どうしても、自分の歌が歌えなかった。アリアは初めて、できないことに出会った気がした。それがもどかしく、苛立たしかった。
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