歌声

1/2
前へ
/23ページ
次へ

歌声

「嘘でしょう?」 マリーはアコーディオンを弾く団員にストップをかけた。 「ほんとに?ほんとに何にも歌を知らないの?」 アリアは頷いた。知っている歌を歌えとマリーに言われた。しかしアリアは、覚えている限り一度も歌など歌ったことはなかった。歌が何かは知っていたが、歌い方を知らなかった。 「えっと…うーん…そう…じゃあ、私が今から出す音と同じ音を出して。」 アリアは言われた通り、マリーのマネをして音を出す。いくつか音が変わって、その通りそっくり出すことができた。 「音程は取れそうね…じゃあ次は、私が1フレーズ歌ってみるから、まったく同じように歌ってみて。」 マリーは今の劇の歌を1フレーズ歌う。アリアは、まったく同じように彼女に倣って歌った。歌えた。アリアは満足した。しかしマリーは首を傾げた。 「アリア…あなた、まじめにやってる?」 「え?」 「私のものまねをしても意味がないのよ…歌は、自分で歌うものなんだから。」 言われている意味が分からなかった。 「次のフレーズにいくわね。」 マリーはまた歌う。アリアもそれに倣って歌う。しかしマリーはまた首を振った。 「アリア、違うわ…あなた器用すぎるのね…ちょっとリリを呼んできて。」 アリアはマリーの言っていることに納得がいかないが、言われた通りリリを呼んできた。 「リリあなた、歌は歌えるわよね。」 「はい。」 「私の歌ったのと同じように歌って。」 「はい。」 先ほど同じフレーズを、マリーが歌い、追ってリリが歌う。そこで漸くアリアは、マリーが言いたかったことが分かった。 「アリアどう?わかった?」 「はい…でもあの…わかったんですがどうしたらいいか…。」 「…本当はもっと時間があればいいんだけど、今から楽譜を読んでもらうのも時間がないのよね…。アリア、あなたは私の音も、声も、表現方法もきれいにコピーしてる。でも、演技はそうじゃないの。誰かのマネをするものじゃない。自分の中で、音と、演技を分けて考えて。私が歌った音と曲を、あなたなりに歌うの。練習するしかないわ。」 アリアは頷く。 練習するしかない。言われた通り、寝る間を惜しんで歌った。声の出し方、のどへ負担を書けない方法も、マリーはしっかり教えてくれた。そういった技術的なことは問題なく何でも覚えられたが、どうしても、自分の歌が歌えなかった。アリアは初めて、できないことに出会った気がした。それがもどかしく、苛立たしかった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加