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2.運命の歯車
「仕事はやめて、うちでずっと小説を書いていて」
はじめて食事に呼ばれた夜、安斎は快適な執筆環境を提供すると言い、美也子を自宅の豪邸へ移り住まわせることを独断で決めてしまった。派遣の仕事はやめ、身の回りの世話は通いの家政婦にすべてまかせ、美也子には書斎で一日じゅう小説を書いていてほしい。安斎はそう願い出たのだ。
美也子にとって、専業作家になることは高校生の頃からの夢だった。けれど、デビュー作で結果を出せなかった自分がこんな風に誰かの臑をかじって小説を書いていていいのか。安斎の申し出は願ってもないもので、だからこそ葛藤があった。
正直な気持ちを安斎に告げると、
「気にしなくていい。なんなら、僕の妻になればいい。そうすれば堂々とこの家に住める。母も亡くなったし、きみがいてくれたほうが賑やかでいい」
なんていう答えが平然と返ってきた。僕の妻。すなわち、結婚。
もはや暴挙だ。『妻』という響きはひどく契約的だった。
恐ろしくなって、「私、やっぱり帰ります」と言うと、安斎は席を立つ美也子の腕を掴んで引き寄せた。
「もう決めたんだよ。きみのすべてを、僕のものにするって」
顎を指で持ち上げられ、そっと顔を近づけられる。唇が重なると、からだの隅々まで安斎がゆっくりと溶け込んできた。
ダメだ。逃れられない。どうしようもなく、彼を求めてしまう自分がいる。
「いてくれるよね? 僕のそばに」
はい、と答える以外、美也子に選択肢は与えられていなかった。
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