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美也子のいだいた葛藤は、安斎の自宅で暮らし始めて三日が経つ頃にはすっかり消し去られることになった。
『おめでとうございます、ミヤコ先生! デビュー作、重版が決まりましたよ!』
担当編集の小寺から一報をもらった時、耳を疑った。二月の発売から四ヶ月弱。これ以上は売れないだろうと言われていた処女作が、ここに来てまさかの二刷出来が決まるなんて。
安斎だ。あの人が動いた。タイミング的に、そうとしか考えられなかった。
「もしかして……?」
『そうなんです。実はですね、おとといの深夜、安斎さんがレギュラー出演されているラジオ番組でミヤコ先生のお話をされたらしいんですよ。新人作家で、デビュー作が最高だったって。番組終了後、ミヤコ先生の本を手にした写真をTwitterにアップしたそうなんですが、そうしたらもう、凄まじい反響です! さすが安斎慶一郎。インフルエンサーの力はダテじゃありませんね。本当にすごい』
まくし立てるようにしゃべるのは小寺の癖だが、今日は特にすごかった。美也子に相づちを打たせる隙すら与えない。
『それでですね、編集長が「熱の冷めないうちにぜひ弊社でタテノ先生の新作を」と申しておりまして、ぜひお打ち合わせをと思うのですが……』
美也子は思わず天を仰いだ。次回作の構想はいくつかあり、小寺にもプロットは送ってある。なかなかいい返事をもらえずやきもきしていたが、まさかこんな形で話が前に進むことになるとは。
安斎のおかげだ。
彼が私の小説を好きになってくれたから。だから私は作家でいられる――。
安斎への感謝の念を胸に刻み、美也子は小寺に「こちらこそ、よろしくお願いします」と返事をした。
本が売れる。新作の打診が来る。
十代の頃に胸を馳せた小説家としての未来が、ようやく手に入りそうだった。
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