3人が本棚に入れています
本棚に追加
右肩下がりの恋と愛
二人きりの生徒会室。
私は自分の席に座って、パソコンで仕事をこなしていた。書類に手を伸ばしたところで、隣の席の後輩くんに捕まれる。
パッと顔をあげてみれば、彼は少しだけ泣きそうな顔をして言った。
「――好きでいて、いいですか? 付き合ってほしいとか、そんなことは望まないので……」
彼は臆病者だった。
だから私は、跳ねる心臓の音を隠すように、笑い返す。
「私も好きなら、付き合うのも望んでくれる?」
彼は泣いた。
目の前でただ、嬉しそうに泣き出して、慌ててどこかに行ったと思ったら、一輪の白いコスモスを差し出した。
「もう一度言わせてください」
息を切らせながら、彼は泣き笑いする。
「好きです。付き合ってください」
それが始まりであり、私たちのピーク。
彼とは毎日、毎晩のようにお喋りをして、一緒にいて、笑い合った。
互いの持つ過去を少しずつ相手に教えながら、重苦しいくらいの会話をし続けた。
束縛、我儘、自傷行為なんてし出す始末。
だけどそれでもよかったのかもしれない。捨てられなければいい。
そんな風に、互いに思っていたから。
だけどそんな関係が、長く続くわけもなかった。
「――もう、終わりにしませんか」
告白された日から一度も使われなかった敬語を聞いた。
その日もまた、生徒会室にいた。
半年たったこの場所には新しく生徒会になった後輩が入ってくる。
私がいられる、最後の日だった。
今度は私が窓の前に立ち、彼は扉の前に立っていた。
遠すぎるくらい置かれた距離。
「僕は、先輩の気持ちに応えられない」
「うん」
「先輩だって、僕の束縛癖には耐えられないんでしょ」
「……うん」
「価値観の違い、ですよ」
「そうだね」
「だから、もう……」
そこまで言いかけた彼の瞳から涙がこぼれた。
ぽろぽろぽろぽろ。
全く、子供みたいに泣き虫な彼に苦笑して、近づく。
少し背伸びをして、彼の頬に触れた。
そこには真新しい切り傷。
――またやっちゃったんだなあ。
自分を傷つけないでほしい、とお願いした。何度も何度も真新しいカッターを渡されるたびに、お願いだからやめて、と言ったのに。
「別れたらやめられる?」
あえて聞いてみた。彼は、口を噤む。応えないまま時間が過ぎる。
きっと彼は、やめるだろう。だって……。
「もう、やめてって言わないから」
彼に笑いかける。彼の口から、え、と小さく漏れるのを、気付かないふりをして。
「私もう、君の事、好きじゃないんだよね」
嘘だけど、嘘じゃない。
好きだった彼の姿はもう、ここにないから。
唖然とする彼の頬から手を離した。
そのまま、彼から距離を置く。
「さよなら、後輩君」
彼の横をすり抜けて、生徒会室を後にした。
本当は一人になんてさせたくなかった。優しすぎて寂しがり屋で、不安定な彼を、放っておきたくはなかった。
理由は単純、まだ好きだから。
でももう、私には彼を心配することはできない。
別れた以上関わることはもう、したくなかった。
自分の教室に戻ってきて扉を背に、うずくまる。
ぽた、ぽた、と少しずつ落ちていく滴。
「……ばかだなあ」
ふと顔を上げる。
窓際に置かれた花瓶には、白いコスモスがあった。
「なんで白いコスモスだったのよ……」
花言葉は、優美。
そう言えば、と思い出したのは、彼が私を好きになった理由の一つ。
『凄く綺麗だ、と思ったんです』
自分にはもったいない、を繰り返して。
はあ、とため息を吐いて笑った。
彼らしいというか、なんというか。
「はなっから私自身、見てないじゃんねえ」
普通だけどちょっぴり悲しくて、落ちる涙を拭った。
オレンジ色をバックにした白いコスモスが微かに揺れ、花びらが一つ、散っていった。
最初のコメントを投稿しよう!