右肩下がりの恋と愛

1/1
前へ
/1ページ
次へ

右肩下がりの恋と愛

 二人きりの生徒会室。  私は自分の席に座って、パソコンで仕事をこなしていた。書類に手を伸ばしたところで、隣の席の後輩くんに捕まれる。  パッと顔をあげてみれば、彼は少しだけ泣きそうな顔をして言った。 「――好きでいて、いいですか? 付き合ってほしいとか、そんなことは望まないので……」  彼は臆病者だった。  だから私は、跳ねる心臓の音を隠すように、笑い返す。 「私も好きなら、付き合うのも望んでくれる?」  彼は泣いた。  目の前でただ、嬉しそうに泣き出して、慌ててどこかに行ったと思ったら、一輪の白いコスモスを差し出した。 「もう一度言わせてください」  息を切らせながら、彼は泣き笑いする。 「好きです。付き合ってください」  それが始まりであり、私たちのピーク。  彼とは毎日、毎晩のようにお喋りをして、一緒にいて、笑い合った。  互いの持つ過去を少しずつ相手に教えながら、重苦しいくらいの会話をし続けた。  束縛、我儘、自傷行為なんてし出す始末。  だけどそれでもよかったのかもしれない。捨てられなければいい。  そんな風に、互いに思っていたから。  だけどそんな関係が、長く続くわけもなかった。 「――もう、終わりにしませんか」  告白された日から一度も使われなかった敬語を聞いた。  その日もまた、生徒会室にいた。  半年たったこの場所には新しく生徒会になった後輩が入ってくる。  私がいられる、最後の日だった。  今度は私が窓の前に立ち、彼は扉の前に立っていた。  遠すぎるくらい置かれた距離。 「僕は、先輩の気持ちに応えられない」 「うん」 「先輩だって、僕の束縛癖には耐えられないんでしょ」 「……うん」 「価値観の違い、ですよ」 「そうだね」 「だから、もう……」  そこまで言いかけた彼の瞳から涙がこぼれた。  ぽろぽろぽろぽろ。  全く、子供みたいに泣き虫な彼に苦笑して、近づく。  少し背伸びをして、彼の頬に触れた。  そこには真新しい切り傷。  ――またやっちゃったんだなあ。  自分を傷つけないでほしい、とお願いした。何度も何度も真新しいカッターを渡されるたびに、お願いだからやめて、と言ったのに。 「別れたらやめられる?」  あえて聞いてみた。彼は、口を噤む。応えないまま時間が過ぎる。  きっと彼は、やめるだろう。だって……。 「もう、やめてって言わないから」  彼に笑いかける。彼の口から、え、と小さく漏れるのを、気付かないふりをして。 「私もう、君の事、好きじゃないんだよね」  嘘だけど、嘘じゃない。  好きだった彼の姿はもう、ここにないから。  唖然とする彼の頬から手を離した。  そのまま、彼から距離を置く。 「さよなら、後輩君」  彼の横をすり抜けて、生徒会室を後にした。  本当は一人になんてさせたくなかった。優しすぎて寂しがり屋で、不安定な彼を、放っておきたくはなかった。  理由は単純、まだ好きだから。  でももう、私には彼を心配することはできない。  別れた以上関わることはもう、したくなかった。  自分の教室に戻ってきて扉を背に、うずくまる。  ぽた、ぽた、と少しずつ落ちていく滴。 「……ばかだなあ」  ふと顔を上げる。  窓際に置かれた花瓶には、白いコスモスがあった。 「なんで白いコスモスだったのよ……」  花言葉は、優美。  そう言えば、と思い出したのは、彼が私を好きになった理由の一つ。 『凄く綺麗だ、と思ったんです』  自分にはもったいない、を繰り返して。  はあ、とため息を吐いて笑った。  彼らしいというか、なんというか。 「はなっから私自身、見てないじゃんねえ」  普通だけどちょっぴり悲しくて、落ちる涙を拭った。  オレンジ色をバックにした白いコスモスが微かに揺れ、花びらが一つ、散っていった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加