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1月5日、20時頃。
「ここがあなたの部屋よ」
レオナに寮の案内を一通り受けて、これから自室となる部屋に通されたエールは全体を見渡してみる。
広さ30平方メートルほどの長方形のワンルームだ。
バスもトイレも別備えで簡易キッチンも付いている。
1人で暮らす分には充分すぎるほどの間取りに思えた。
「それじゃあ、何かわからないことが言ってね? 私は1階の102号にいるから」
「はい、ありがとうございます!」
レオナが部屋に戻った後、部屋の明かりをつけて先に送ってあった荷物の荷解きを進める。
ドンッ、ドンドンッ!
30分ほど作業をしていると上階から衝撃音が響いてきた。
それはいくつか断続的に続くとグラデーションで歓声に変わっていった。
ウオオオオオオオオォォォォォォォッッッッ!!!!
謎の歓声は徐々に音階を持ち出し小気味いいリズムを奏でていく。
「な、なんだ……?」
エールは天井を見上げて訝しむが、そのリズムは5分ほど続いた。
その後、
じゃかわしいいいい!!!! お前ら夜中に何騒いどんのじゃあああっっっ!!!
うぎゃあああああああああ!!!!
というレオナらしき怒声と図太い悲鳴が聞こえてくると、
シンッ、と耳の奥まで貫くような静けさが戻ってきた。
「……3年生かな?」
確か上階の部屋は先輩達の部屋があると、さきほどレオナが案内してくれていた。
その後、荷解きを終えて一息をつくエール。
椅子に座ってコーヒーを飲みながら、タンスや本棚、冷蔵庫などの大きめの家具を魔法で動かして全体のバランスを微調整していると……、
ドンッ、ドンドンッ、ドンドンドンッ!!
「あれ? また?」
上階から足音のような衝撃が再び始まった。
サンバのように小気味良くリズムを奏で、再び歓声が上がる。
ウオオオオオオオオォォォォォォォッッッッ!!!!
そして、
てめえええらああああっッ!!! いい加減にしやがれえええええっッ!!!!
うぎゃああぁぁぁぁっっっ!!!
先ほどと同じ流れで静かになった。
そんなやり取りが30分おきに24時まで続いたのだが、その時の騒がしさよりもレオナが先輩達に何をしたのかがエールは気になっていた。
*
(レオナさんの制裁があったから起きれないんじゃないかなぁ……)
と、苦笑いを漏らしながら心の中だけでエールは呟く。
「っと悪いわね? 無駄話しちゃって」
ハッ、と我に返ったように向き直るとレオナは左手の残りの"水の玉"を花壇に少しずつ分けて行った。
水を注ぎ切ると左手を軽く振って魔法を解除する。
「じゃあ、私はそろそろ馬鹿どもを起こしに行くわ? あなたも気をつけてね」
玄関の内側に戻るレオナを見送り、エールも外側へと一歩踏み出す。
外に出ると部屋から見た通りとは逆の通りにでる。
学校へと続く一本の大通りだ。
そこに広がる景色は先ほどの通りとは比べ物にならないほど煌びやかなものだった。
露天の数も人の数も、その活気すらもエールにとっては光り輝いて見える。
ここに来る前には見たこともないような乗り物が地面や空中を走り、象や馴鹿などの自然生物はもちろんのこと『ピクシー』などの魔法生物も風景に馴染んで駆け回っている。
店の周りには商品を並べたラックがいくつも浮いており、客がそれを引き寄せては中身を物色していた。
街全体が活力に満ち溢れている。
エールは昂ぶる気持ちに体を震わせながら歩き出した。
「エール君!!」
ふと寮の方からレオナの呼ぶ声がする。
振り返ると玄関から手を振っている彼女の姿が見えた。
口元に筒を作るように両手を添えると、
「いってらっしゃい!!」
そして、優しい笑顔でまた手を振ってくれる。
言われ慣れていなかった言葉に少しばかり面食らってしまったエールだが、だんだんと実感が湧き笑顔で答えた。
「いってきます!!」
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