第1章-エール・クォールズの朝-

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洗面所で水道の蛇口をひねる。 勢いよく出てくる水を両手ですくい上げ、何度か顔を洗ってから手近のタオルで顔を拭く。 顔を起こし目の前の鏡を見る。 エール・クォールズが映った。 サラサラの金色の髪の毛に、透き通ったような色白の肌、真紅の宝石のような赤い瞳。 身長は170センチ程度だろうか、華奢(きゃしゃ)な体格ではあるが貧弱というほどではないだろう。 歯を磨いて、口の中をスッキリさせてからリビングへと戻る。 寝巻を脱ぎ、壁に綺麗に掛けてあった『制服』へと着替え始める。 白のワイシャツに赤銅色のネクタイを合わせて、濃いグレー地に臙脂(えんじ)色のラインの入ったセータを着重ねる。 下は黒地にグレーのチェック柄のスラックスを履き、アウタに黒のブレザーを着て『学生』の完成だ。 前日の内に準備しておいた必要な荷物の詰まったリュックを背負い込む。 部屋中央に置いてあるテーブルに近づき、上にある学生証を手に取る。 【東方魔導教育機関アニマ上等校学生証】 【学生番号:ΥΞ1626265】 【氏名:エール クォールズ】 【生年月日:2000年4月1日】 【有効期限:2017年12月31日】 【上記のものは本校の学生であることを証明する】 【学校法人アニマ 理事長 桜 金太郎】 自分がこの学校の学生であることが証明されていることに、言いようのない喜びが溢れて気持ちが高ぶってしまうエール。 もう一度、証明されていることを入念に確認して、胸ポケットの学生手帳にしっかりと挟み込んだ。 しっかりと証明の感覚を確かめるように胸をポンと一度叩く。 「よしっ!」 気合を入れて、サンダルからベッドの下の学生用のローファーに履き替える。 そのまま朝食も取らずに玄関の扉を開き、一目散(いちもくさん)に廊下に出て外を目指す。 何人かの学生とすれ違ったが、彼らもエールも互いに見向きもしなかった。 正面玄関に差し掛かったところで寮母のレオナ・サインフルがいるのが見えた。 白金色の長髪を頭で2つの輪に結ってあり、長身でスレンダーなシルエットはまるで女神が具現化したような美しさだと、寮の中では評判だった。 長い足にぴったりのジーンズのスカートに、落ち着いた紺色のセータ、フロントにはポケットの沢山ついたベージュのエプロンをかけている。 彼女の目の前で急ブレーキをかけて、エールは挨拶をする。 「おはようございます! 寮母さん」 「あら、おはよう。レオナでいいわよ。寮母って呼ばれるの、なんだか苦手なのよね」 レオナは玄関先に置かれている花壇の花達に水をやっているところだったようだ。 彼女の左手にはタプタプと揺れる『水の玉』が浮いていた。 「クォールズ君は早いのね? まだ他の連中は起きてすらいないってのに」 「僕もエールでいいです、レオナさん。今日は編入初日ですから! ウカウカ寝ていられないですよ!」 「じゃあエール君って呼ばせてもらうわね。昨晩入居したばかりだっていうのに、エール君は立派ね」 「いえいえ、ずっと楽しみでしたから。ここに来るのが!」 愛情が目に見えそうなほど優しく微笑むレオナに、ついつい照れてしまうエールが頬をポリポリと掻く。 「しっかしあの馬鹿どもはまったく降りてこないわねえ……あいつらを叩き起こす時間もエール君に合わせてもうちょっと早めようかしら……」 そう言うと途端に無表情になり上階に顔をむけながら、力強く右手を握り込む。 血管が浮き出るその拳はいったい誰にむけたものなのだろうか、と考えるとエールは戦慄(せんりつ)せざるを得なかった。 「まったく、あいつらは。夜遅くまで騒いだかと思えば朝は遅刻ギリギリまで起きてこない……毎朝、一部屋一部屋を起こして周ってる私の労力が理解できないのかしら……」 ギリギリと歯軋りらしき音までを鳴らしだす寮母レオナ。 (あいつらって3年生の先輩のことかなー? たしかに昨晩騒がしかったもんな……) 昨日の夜、エールは20時頃のことを思い返してみる。
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