第1章-エール・クォールズの朝-

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「あとはゼミの志望申請書ね」 そう言うとほたるは自分の学生鞄からクリアファイルを取り出して、中に纏めてある複数枚のプリントの中から1枚をキアラの前に置いた。 「なんだー? これはー?」 ほたるに諌められて東洋固有の訛りキャラから脱したキアラがプリントを覗き込む。 靴を脱いで裸足のまま座席に胡坐をかいて座り、傍らに置いてある肉まんの袋からまた一つ取り出して齧り付いた。 「2年生から始まる『ゼミ』っていう小規模集中講座の志望申請書よ。この学校の先生達がそれぞれ担当ゼミを持っていて、各々が個別の分野に特化しているから選択によっては自分の将来に必要な知識だったり教養、技術がより専門的に学ぶチャンスにもなるの」 「んー???」 首をかしげるキアラの頭上に疑問符が見えるようだった。 それほどに微塵も理解していなさそうである。 「例えば『肉まん』について詳しい先生のゼミがあったら『肉まん』について学びたい学生達がそのゼミには集まるの。それで1年間『肉まん』について先生に集中的に学びながら、そのゼミの研究校の先輩達の力も借りて、肉まんの作り方とか肉まんをさらに広めるとかを学んで実践していく。そんな感じのイメージよ」 キアラが今一番興味のある肉まんに置き換えて話してみる。 (こう言ったは良いもののこの子おバカだから……変な方向に受け取らなきゃいいけど……) 分かりやすくなるように例えては見たものの、キアラが本当に肉まんゼミを志望したらどうしようと心配になるほたる。 「『肉まん』の勉強ができるのかー!!」 (心配が的中した……) まさかズバリと実現するとは思っていなかったほたるが、キアラの頭の構造を想像して頭を抱える。 「キアラ、『肉まんゼミ』にする!! 決めた! ほたるもそうしよう!! 一緒が良い!!!」 興奮度がピークに達したキアラがほたるに抱きつきながら捲し立てる。 顔の輝きがまるで満天の星空のようだ。 曇らせたくはないものの晴れ渡りすぎているのも悩みものだった。 ほたるも慣れたもので落ち着いて打開策を考える。 (なんとかキアラの興味を『肉まんゼミ』から外さなければ……) 「あ、あのねぇ、キアラ?」 「ダハハハハッ! 魔法の学校なのに『肉まん』を学ぶためのゼミとはおもしれえ発想だな!!」 ほたるの声を遮って背後からやたらと大きい声が聞こえてきた。 ほたるとキアラが同時に振り返るとやたらと(がたい)のいい男子学生が2つ後ろの席に座っていた。 首辺りで結んで背中まで下げている茶色の長髪に彫りの深い顔立ち、男子用学生服を荒々しく着崩しているそのスタイルにほたるは苦手な印象を持ってしまう。 ワイシャツは胸元までボタンをはずし、着用指定のネクタイはしていない。 セータは着ておらず袖をブレザーごと肘下まで捲りあげている。 ほたる達と同じく赤の指導要領を掲げてくる、簡単な自分のポジションについてのアピールだろうか。 「その『肉まんゼミ』ってのは担当は誰で、どの研究室でやるんだ? 俺にも教えてくれねえか、パイナップル娘! ダハハハッ!!」 パイナップル娘とはキアラのことだろう。 キアラの頭の天辺で結ったツンツンの金髪をみて、パイナップルの色と房を連想したのか。 馬鹿にしたような態度にムッとするが、ちょっとだけ巧い、とほたるは呑気に思ってしまった。 グルルルルル、と先ほど噴水前でほたるが発したような呻る音が耳元で聞こえた。 今度はキアラがその男子学生に対して犬歯をむき出して敵意を向けている。 キアラはあからさまに悪意を受けた当事者のためかすでに臨戦態勢を取っていた。 笑い続ける男子学生に対してキアラが怒鳴る。 「ほたるを笑うな! 肉まんは旨くて素晴らしいものだ!! ほたるがゼミで研究したくなったとしてもしょうがないだろう!!」 ん? ふと自分の名前が出て、何が起こったか理解できなくなるほたる。 相手方を見ると向こうも向こうでポカン顔だった。 「あ? いや、俺は……」 「ちょ、ちょっとキアラ? あ、あんた何言って……」 暴走しかけているキアラに、まだ止められるかもしれないと希望を抱きつつほたるが会話に入ろうとする。 するとキアラは口元に人差し指を当ててほたるを制止した。 「ん! ほたるは心配しないで良い。ほたるのことはキアラが守る!! これはキアラの宿命だ!!」 その言葉を聞いて、またほたるはハッと思い出した。 年明けてすぐにキアラと街に出かけた時、おもちゃ屋のイベントセールでロールプレイング型の魔法ゲームを大量に買っていたことを。 恐らく今のセリフはその魔法ゲームの中に出てくるもの。 しかもここまで大仰しいセリフが出る場面といえば恐らく終盤のラスボス周辺。 コイツ、冬休みの間ずっとゲームしてたな。 新たな容疑が出てきたところでキアラは座席に足を乗せて立ち上がり、男子学生に向けてビシィッと切れよく突きつける。 「勝負だ!! そこの長グ○オトコ!! そんな大腸の形でそのまま出てきたウ○コみたいな髪の毛にお前に!! キアラは、負けない!!」 言いきったところで、ゴツンッとキアラの頭に衝撃が走る。 古代より伝わる(いかり)魔法、”拳骨(メテオ)”が発動したのだ。 馬鹿を確実に落としたことを確認して、ほたるは呟く。 「なんでバカって、ウ○コが好きなのかしら……」
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