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「だいぶ鼻が伸びちゃったわねぇ」
そう言って、商売道具のハサミを置いたお母さんが、私の鼻先をスイッとなでた。
「まだ大丈夫。クラスにもっと長い子もいるし」
「だめよ、あんまり長いとだらしないわ。お店閉めてから切ってあげるから覚えててね、アイシャ」
「ええー……?」
私は美容室の床に散らばった鼻のかけらをほうきで掃き集めながら、お母さんが閉店までにこの会話を忘れてくれることを祈った。短くしすぎると格好悪いのに、お母さんはいつも私の鼻を、小さい子みたいにぱつんと切るからいやなんだ。
「伸びっぱなしにしてたら、嘘ばっかりついてる子みたいに見えるでしょう? 嘘つきの国に連れていかれちゃうわよ?」
もうそんな脅しに怯える歳じゃないのに。いつまでも子ども扱いするお母さんに、私は唇を尖らせた。
「嘘つきの国とか、やめてよ。鼻が伸びない人がいるわけないし、そんな人ばかりになったらこのお店、潰れちゃうじゃない」
お母さんお手製の飾り看板を掲げたこの店は、町で一番小さな美容室だ。早い・安い・上手いが自慢のお母さんは朝から晩まで、鼻のスタイリングを望む客の相手で忙しい。
鼻は毎日少しずつ伸びるから、ほとんどの人は月に一度は美容室でカットする。もちろん自分で切ることもできるけど、顔の真ん中にまっすぐ伸びた鼻を、鏡を見ながら格好良く切るのは案外難しいからだ。
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