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それぞれの役目に応じた者たちが、それぞれの勤務時間に合わせて交代していく。だが、その時に、互いに挨拶したり「おつかれ」などと労うようなことばが交わされることはない。彼らは、ロボットである。感情を持たない。
人間に奉仕するために作られた人型のロボットたちは、組み込まれたAI(人工知能)によって、一見全てのことで自立している本物の人間のような仕事ぶりに見えるのだが、実際には人間に危害を加えることは無いし、仕事上の最終決定権を持たず、人間の指示でしか動かないという設定の者も多い。高度な判断の必要な仕事であっても、ロボットは資料の提示や、考えられる予測を用いて意見を述べることはあるが、人間の意見に対し頑強に異を唱える様なことはしない。つまり、決定的な部分は全て人間の意思によると言うことだ。
ロボットは、単純な労働、過酷・危険な労働などに充てられ、その場の指揮権は人間が上司として統括するのが通常だった。ごく簡単な仕事では、指揮をする人間など必要ない場合が多かったが、それでも、全く人間が関わらずにロボットの仕事を続けさせるのは法律違反になる。そういうわけで、ただ見ているだけの監督としての人間が多くなり、そういう人間は、本当にただいるだけで、肥え太り、病気予防のために、労働では無くて健康維持のための運動が義務づけられるという、おかしな状況を生んでもいた。
ロボットは「人間にとって代わる存在」ではなく「人間が嫌がったり軽んじたりすることを代わりにする存在」になっていた。
その「代わりにする仕事」の一番手は、兵士、警察活動であり、とりわけ警察官としての活動は暴力的な相手との対決では非常に有効で、市民からの信頼も絶大だった。鋼鉄の鎧のようなボディに紺の制服で身を固めた彼らロボット警官は、人の素手はもちろん、棍棒もナイフも寄せ付けず、銃の弾も、人の間で簡単に取引されるレベルの銃器では力不足であり、相当数撃ち込まなければ動きを止めることが出来なかった。その影響で、犯罪は減少した。しかしその反動で、反社会勢力の社会では高威力の銃器が「ロボット警官も一発であの世に」などという触れ込みで取引されるようになった。そのせいで、犯罪者とロボット警官の間で銃撃戦が起きると、規模が大きくなり、ロボット警官に向けて乱射された銃の弾がそれて、市民の住宅の壁を貫通するなど、以前ならあまり考えられなかった深刻な被害をもたらすこともあった。
ロボット警察官は、特殊である。通常の他のロボットが全て、人間に危害を及ぼさないようプログラムされているのに対して、ロボット警察官はその性質上、人間に対して唯一、暴力を振るう。しかもそれは、警察という立場であるから「必要と判断された場合は、権限として一方的に」行われるのだ。
このK歓楽街にもロボット警察官は配置されている。ただ、この地域の場合は特殊であり、地域自体がK特別区とも呼ばれている。取り締まりが緩いのである。
この地域は、ある程度重い犯罪にならなければ見過ごしにされるよう警察官にも設定されている。ロボット警察官は、やろうと思えば、暗視テレスコープ、見通し距離100メートル以上の会話の聞き分け録音、指紋、顔、DNAなどの採取確認など、犯罪者が逃げおおせる隙などない能力を持っているのだが、この地域では「むかしながら」に物陰で「ヤバいもの」が売られていたし、それを目当てに来る客もいるのだ。それはこの地域に限り、見逃されているのだった。
「こちらKS-0017。現場に向かっています」
KS-0017というのは、このロボット警察官の名前である。彼はこのK特別区を統括するロボット警察官の隊長である。彼とほか数名のリーダークラスのロボット警察官は紺のスーツを着ている。彼は自身のメンテナンスが行われるとき以外は24時間任務に就いている。今、傷害事件の発生の通報があり、現場に部下2名を連れて向かっている。
傷害事件になるのは被害者が人間の時に限られる。ロボット同志の喧嘩などはあり得ない。警察以外の一般職のロボットが人間に暴力を振るうこともない。人間によるロボットへの暴行も事件にならない。つまり、傷害事件という場合、限りなく100%、人対人の暴力沙汰ということだ。
古いビルの間を入っていくと人だかりが出来ていた。
「警察です。道を空けてください。関係者でない方はうしろに下がってください」
制服のロボット警官が人々に呼びかけ、先行して人混みに割って入っていく。そのすぐうしろにKS-0017と、もう一人のロボット警官が続く。彼らは警察の制服を着ているし、KS-0017は紺のスーツを着ている。が、ロボット警察官のその、鈍く光る金属の顔を見ると、人間たちは、とたんに異物でも見るような目つきになり、モーセの起こした、海を割る奇跡のごとくに左右に分かれていく。
現場には男が一人倒れていた。大の字になっている。恐らく犯人がわざとこういう形に男の体に姿勢を取らせたのだろう。絶命しているのは明らかだった。正面から喉を横一文字に切り裂かれる一撃と両目を突かれている。
「ギャングの見せしめですか」
警官ロボットの一人が死体を覗き込んでKS-0017にそう言った。
「このやり方は、かもな……」
KS-0017は少し歯切れの悪い感じで、警官への返事なのか自分への自答なのか分から無いような口ぶりだった。ロボット警官には、犯罪の処理に対する対応にランクがあり、一般の警官ロボットは事実を把握した上で一定の判断を下すが、細かな推理推測は行わない設定になっていた。
警官たちが集めた証拠や聞き込みの情報は、即座にリーダーであるKS-0017へ送信される。それらの情報は次々と分析されて、結果が蓄積されていく。
「この足跡……」
KS-0017は路面の土の上に残ったひとつの足跡を見つめていた。「大きさ。深さ……」。独り言を言った。
現場の路地では、事件が起きた時間に清掃が行われていた。路地と言ってもごみごみした一角というわけでは無かった。この清掃をしていたのは、地域の町内会が雇っている清掃ロボットだった。その清掃ロボットは、警官ロボットのような情報収集能力は持っていない。代わりに清掃に対するノウハウや地域独特のルールを把握している。警官ロボットは清掃ロボットに質問したが、あいにく何も見ておらず、収穫は無かった。
結局、この事件は、被害者がこの歓楽街地域に数店の店を所有する裏社会の男であると言うことしか分からなかった。それに、そのこと自体、推測でしか無かった。表向き、店の所有者は「きれいな会社」と言うことになっていたからだ。
この被害者を殺した犯人が分からなかったのは、この「特別な区画」のルールが影響していることは間違いが無かった。欲望にまみれた街は、警官の姿を見るのを嫌う。それどころかほかの地域でふつうに見られるような監視カメラなどつければ、この街に生きる人間たちの反発は必至だ。この区画で警官をやるというのは、ロボットであることで暴力に抵抗力があるということ以外、メリットが感じられなかった。
それから三日。今度はあの事件の被害者の男の、敵対勢力の幹部が、同じように路地裏で死体で見つかった。死体は大の字に置かれ、首を正面から横一文字に切られ、両目を潰され、今度はオマケで口に赤い薔薇が一輪刺してあった。これは、裏社会の敵勢力の報復に見えた。
KS-0017は、この現場でも、路上の土に残ったひとつの足跡を見ていた。死体以外に証拠はその足跡だけ。指紋、遺留品、目撃者。何もない。
この二つの事件は、人間社会では多少怖がられた。あくまでも多少だった。被害者は裏社会の人間であり、一般の客ではない。客にしてみれば「どうでもいい話」であり「悪い奴らなら、もっとやれ」というくらいの無責任さで見られていた。だが、この事件がこのまま終わりそうに無いことは、「被害の対象になり得る人々」を震え上がらせた。
「やつら、高い金を出してボディガードを雇っていたと言うぜ。どういうことだい」
裏社会の男がぼやいて見せた。
実際、今回の事件で殺された二人は腕利きのボディガードを雇っていたという。それは人間ではない。ロボットのボディガードだ。
民間用ロボットで、人間に危害を加える用途は許可されていない。それは防御のためであっても同様だった。そして、製造技術も国家的な機密扱いされていた。だが、そういうものが外部に漏れるのは時間の問題でしか無い。必ず漏れる。そして、誰かが私腹を肥やすために使われる。
今回の事件では、ボディガードロボットは身の回りの世話をする秘書型として登録されていた。そして、彼らは間違いなく事件の時に被害者のそばにいたと思われるが、犯行時は事前に無力化されていたのが分かっている。しかし、それもまた推測に過ぎない。秘書型ロボットに戦闘プログラムが組み込まれていることは伏せられているからだ。このことが発覚すると、非常に重い刑に問われる。下手をすると彼ら裏社会の組織の存亡にも関わるのだ。もっとも、そこまでならないよう、警察の上層部などにたんまり鼻薬は効かせているのだろう。
ある夜。町外れの倉庫で銃撃戦が起きた。この銃撃戦は人対人だ。ロボットが参加すれば、倒すには重火器が必要になるし、戦闘ロボットを民間で使用すると、単なる銃撃戦以上の重罪が課せられる。結局この時代になっても、最後の鉄砲玉は人間なのである。
この銃撃戦の鎮圧にはもちろん警官ロボットが出動した。この時点で銃撃戦をしていた人間たちは素直に投降すべきだった。警官ロボットの特殊部隊は正確無比な上に容赦が無い。人間は、瞬く間に討ち取られていった。
人間に勝算のないこの抗争は、誰とも分からない人間からのたれ込みが切っ掛けになったようだった。そして、警官ロボットを見たとき、人間は「勝ち目はない」と諦め、幹部の人間が銃撃をやめるように言ったが、
「いくら言っても、ヤメねえで打ち続けたヤツがいやがったんだ。バカヤローめ」
誰かが撃ち続けたので、やめられなくなり、皆が撃ち続けて、あとは見たとおりの結果になったと、生き残った幹部の中年男は足に受けた銃弾の痛みに堪えながら吐き捨てた。
この事件が大きく作用して、K特別区での警察の取り締まりは強化された。
KS-0017の仕事は多忙になった。けれどそこはロボットである。エネルギーパックを交換する以外には、半年に一度のメンテナンスが必要なだけである。もっとも、銃撃でも受ければ機能停止に追い込まれることもある。
K特別区でのギャング同士の抗争は散発的に続いた。人同士の暴力事件が特に増えた。そしてその中に、発端になったあの事件同様の手口でギャングの幹部を殺害する事件がさらに2件起きた。だがその事件にも、有用な証拠は見つからなかった。
事件から数ヶ月が過ぎた。ギャングの抗争は沈静化していった。殺人事件も起きなかった。誰もが忘れていった。
KS-0017は、ロボット工学権威の田辺博士の邸(やしき)を訪ねた。
「KS-0017君と言ったね。いらっしゃい」
田辺博士は60代の頭くらいだったが、つやつやとした、どちらかと言えば年の割には「脂ぎった」感じで、押し出しの強い態度の人間だった。
「お会いできて、光栄です」
KS-0017は、少し待たされた応接間のソファから腰を上げて田辺に会釈した。田辺はロボット工学の世界では有名だったので、自分がロボットと言うことで敬意を表す意味でそう言った。
「私に会えて光栄と云うことも無いだろう?君は高島君の系統じゃ無いか」
実用化されているロボットには、その開発者の別に系統があった。軍事、警察関連のロボットは特に高度な性能が求められ、その第一人者が高島博士であり、KS-0017も当然その系統だった。田辺博士は、そのことを声にありありとした皮肉っぽさを乗せて言ったのだ。
「それで、私になんの用かな?君は警官ロボットだろう?私に何か捜査の筋で話があるというのか?」
「田辺先生は、K特別区の一般作業ロボットの開発に携わっておられますね?」
窓の方へやや体を向けてソファに、半ば横たわるように座っている田辺は、気の無いような声を出した。
「ああ。いくつかの作業ロボットの開発は、私がしたな」
「あの区域のギャングの抗争で、幹部クラスの人間が計4人殺されました」
「それが私と関係あるというのか?」
田辺は姿勢そのままに顔だけをKS-0017に向けた。顔は見るからにムッと不機嫌そうだった。
「その、4件の殺害現場に、清掃ロボットの靴痕がありました」
「はっはっは。そりゃ、24時間清掃するのが仕事のロボットが何体もいて、あの地区を清掃しているんだ。靴跡があってもおかしくないだろう?それ以外に、何か証拠があるのか?」
「ええ。それが、証拠が何も無いんです」
「それじゃあ、だめじゃないか。何を言ってるんだ君は」
「証拠がなさ過ぎるんです。先生」
「どういう意味だね?」
田辺はソファに横座りのようにもたれていたのをやめて体を起こした。
「犯行現場は、路地で暗いことは確かですが、周りは店や人家です。表通りは大勢の人間が歩いています。そんな場所でボディガード付きのギャングを殺害して、何の証拠も残さずに逃げられるわけがありません。人間が犯人なら、到底無理です。……そう考えると、犯人はロボットだろうと言うことになりますが、周囲にいたロボットで犯人らしき者を見たロボットはいません」
田辺は額に少し汗をかいた。KS-0017を怖いと感じた。表情は変わらず、声の調子に感情が出ることもない。冷や汗などかかない。その冷徹な物体に詰問されている感覚が背筋に冷たさを感じさせた。
「誰も何も見ていませんが、その場にはロボット自身がいたわけです。清掃ロボット。秘書ロボット。それらは、いたけれど何も覚えていない」
「何も証拠がない。何も覚えていない。それが証拠になるのか?バカバカしい」
KS-0017から目を背けてまた外を見ながら話す田辺にKS-0017は、少し身を乗り出して話を続けた。それは、まるでKS-0017の目つきが鋭くなったように感じさせた。
「3ヶ月前なんですが。K特別区の隣の町で、特別区の店に勤めていた人間の女性が1人殺されました。死体は、細身のナイフで複数箇所を刺され、これは怨恨の線で捜査されていますが、これも証拠が無くて犯人逮捕に至っていません。名前は、吉井麻里」
KS-0017はここで一際前に身を乗り出して、
「店では、『ジュンちゃん』と呼ばれていたそうです」
田辺はKS-0017の目に当たると思われる部分の樹脂製の黒いラインを見つめたが、何も返事をしなかった。
「先生、調べました。カードの使用履歴。携帯の通話記録。特別区の常連ですよねえ。少なくとも週1。2回来ている週もけっこうある……。3ヶ月前まで、吉井麻里のいる店に通い詰めだ」
「悪いのか?」
「いいえぇ。何も悪いことはありません。……ただ、ジュンちゃんは、けっこう口が悪かったらしいですね。客に余計なことを言ってトラブルになったことが、何度かあったと店で聞きました。なにかこう、侮辱的な内容のことを口にしたとか……悪いクセだったんですね。……そして、その中に田辺先生もいたようですね。そして、田辺先生。以前に、ほかの店でも、店の女性に何か言われて、相手の女性を殴ってトラブルになってる」
「ロボット風情が、なんの真似だ!人間を馬鹿にするな。人間はおまえたちの支配者だ。おまえたちは人間がいなければ生きている資格が無いのだぞ!」
田辺は激しく怒りを表して、テーブルを叩きKS-0017の方へ自分も顔を突き出した。
「先生。私は、こう考えたんです。先生はあの特別区が好きで通っていた。大好きで通っているのに、時々相手の女性にバカにされる。時々口に出して言う女性がいるということは、ほかの女性も同じように思っているのだと気づいた。そう考えると、あそこにいる女性、店の関係者、そういう人たちがみんな憎く思えて来た」
「憎かろうがなんだろうが、証拠が無ければ話にならないな!」
「そこで先生は、自分のロボットに細工をして恨みを晴らそうと考えた。殺人を実行させ、そしてきれいに証拠を消して、最後はロボットの記録も全部消してしまったのでしょう?……それに、特別区の中のギャング同士の殺し合いとか、風俗店の女性の死では、警察は真面目に捜査するわけがない。そう思いましたね?……先生は人間ですね。ロボットは公平なんです。誰にでも同じ対応です」
「ふん。ロボットに俺の屈辱が分かるか?ロボットに心があるか?胸が痛むか?……警官ロボット?おまえらなんぞ、人間の弾よけのために作られただけだ。あんな下らん悪党どもの命がなんだ?俺は正義を遂行してやったんだ。おまえに正義の意味がわかるのか?」
田辺は豚のような顔で唾を飛ばしながらKS-0017に顔を突き合せて罵った。
「先生。それは自供と考えられますが、よろしいですか?」
「自供?冗談じゃない。この部屋はキミたちロボットも外部と通信が出来ない仕様だ。君らは、警察本部と通信して許可が出なければ人間に危害を加えられない。逮捕も出来ない。君の記録もこれから消させてもらう。それで終わり。私の勝ちだよ!」
「そうですね。私は今、本部と通信できません。それにこの場所は私の管轄外ですし、吉井麻里の事件も私の担当外です。警官ロボットでは逮捕権がありません。それと、私には正義の意味がわかりません。とりわけ、『あなたの正義』は、私に限らず、ほかの誰にも理解されないでしょう」
「おまえ。さっきから聞いていて感じたが、ロボットのくせに自我があるな?高島の研究で、一部の高度な研究体ロボットに使われているAIに搭載されていると聞いたが」
「先生。ここは外界との通信が一切出来ない。そしてビデオや音声の記録を残す装置もない。まるで、私が話した殺人事件と同じで証拠が何も残らないじゃないですか?」
「まさか!」
田辺は立ち上がって部屋の隅に走り何かの装置を持ち出してスイッチを押そうとした。そして、振り向きKS-0017の方を見たとき、パシュッ。一発の銃弾が田辺の顔面を直撃した。
KS-0017は応接間を出て玄関に向かった。途中でメイドロボットに会った。
「先生は、おやすみになりました。明日まで起こさないようにとのことです」
「かしこまりました」
外はいつの間にか夕暮れが迫っていた。特別区の忙しい時間が始まると思った。
「田辺先生。これが正義だとは思いませんが、余計な殺人犯は減ったと思います。……『本部。通信再開。任務完了』」
KS-0017は、小走りに車に向かった。雨が降って来た。
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