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突然的を射抜く質問に不意をつかれる。
家で練習してきた諸々の文言が全て吹き飛ぶ。
「ーー自信、ないです」
ここで上部だけ取り繕って、半端に過剰評価されて採用になっても困る。
「ははは、正直だなぁ、九石君は」
「というより向いてないと思います」
「へー。そうかな?人のウンコ見る自信ない?」
「はい。あ、いえ」
慌てた顔を見て外川が笑う。
「君に朗報だ!実はね、筋力・体力が共に求められる介護業界に置いて、なぜか男の数が圧倒的に足りない!だから、一番敬遠される排泄処理が出来ずとも、移乗や移動だけでも男手は欲しい、どこの施設でも。だから排泄NGでも案外やっていけるよ」
そういうものなのか。確かに今までの人生で、学校や地域の福祉活動でお邪魔した介護施設では、女性スタッフが中心だったようには思う。でも自分に出来るかは別問題だ。
「しかし!辞めた。君には頼まない」
ーーーほら。やっぱり。
1ミリも落胆していない自分にがっかりした。まあ俺が課長でも、そう判断する。
「貴重な時間をいただき、ありがとうございました」
きびすを返そうとした九石の肩を、外川はぐいと掴んだ。
「実は君の体つきを見て、頼みたいことか他にできた!」
「へ?」
思わぬ展開に間抜けな声が出る。
「福祉用具貸与って知ってる?」
「い、いえ」
「車イスでも介護ベッドでも、目まぐるしくそのニーズが変化するだろ?自走式車イスを買った。でも自走できなくなった。介助式に買い換えたと思ったら、座位保てなくなったー、リクライニングに買い換えた。それでも拘縮が進んでフルリクになったと思ったら、寝たきりで移乗もままならなくなった、とかさ」
次々飛び出す専門用語についていけない。
「だから、ほとんどの利用者が、福祉用具はレンタルしてるわけ。必要なときに必要なものを。身体状態の変化に合わせて変更。要らなくなれば即返せる。それが具合がよくなって自立でも、やっと空きが出て入所でも、人生を全うした死亡でも、ね。合理的でしょ」
言いながら外川は貸与用具のカタログを渡した。
「うちの会社でもレンタルに力入れてるんだけど、人手が足りないわけ。この仕事をしてみない?利用者さんに触ること、ほとんどなし。“車イスのおかげで今年も桜が見れたよー”、“特殊寝台のおかげでオムツ交換が楽になったわー”、“歩行器のおかげで世界が拡がったよ”。……ね。感謝ばかりされるステキなオシゴト」
「はあ」
返事かため息かわからないような声を出して九石は頭を掻いた。
「俺、学がないから、難しいことできないすよ」
「だいじょーぶ!」
天井を見ながら3倍のボリュームの声を張り上げた。
「こう言っちゃなんだけど、脳みそは足りてる!筋肉が足りないんだ!君にやってもらいたいのは、主に搬入、搬出のサポート!ベッドとかさ、重いのよ。いくら分解出来るとはいえ。それを、積んで、運んで、組んで、バラして、運んで、下ろして、をお願いしたいわけ」
なるほど。介護士になるよりかは圧倒的に現実的だ。
「3ヶ月間は試用期間つーことでさ、まずはやってみてよ」
言いながら外川は窓際に寄り手招きした。
「喫煙所にたむろしてるあのろくでもなさそうな奴らが、うちのレンタル担当。面接の間邪魔だから閉め出したの。
君が組んでもらいたいのは、真ん中のちっこいのね」
見下ろすと、薄いグレーの作業着をきた男たちが煙草を吹かしている。
中央にしゃがんでいる“異質”な人物に目が行く。
ーーー瞬間、煙ごしに見えたその姿に思わず見惚れた。
足を大きく開いてしゃがみ、長めの前髪をかきあげながら笑う顔。
ーーーあれ、あの人……。
「真木凉。見ての通り華奢で力ないのよね」
ーーーまきりょう。男か?
「普通、この仕事してると嫌でも筋肉つくんだけどなー」
ーーーでもそれにしては。
「九石君、聞いてる?」
シャッと音を立ててブラインドが落ちる。危うく鼻を擦りそうになる。
「……気をつけてね。あいつ、女扱いするとキレるから」
ーーーやはり女性か。
口をついて出そうになった言葉を飲み込む。
片手でブラインドの紐を持ったままの外川の笑顔に、なぜか鳥肌が立った。
「ところでさ。履歴書について知りたいんだけど」
少し首を傾げて覗き混む。
「隠さず全部話せたら、この場で俺が内定決めてやるよ?」
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