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「次のアポまで1時間近くあるな」
独り言のように呟くと、作業書を置いた。
「次はぐーっと北上して。土沢のスーパーカワサキわかる?」
「陸橋のとこすか?この間引き上げた、田村さんの近くですよね?」
「そう、そこ」
ーーーなんだ、やっぱり行ってあげるんだ。
先日一緒にベッドを引き上げた田村よし子の娘を思い出す。
二度の脳梗塞で、全身付随になった母親を、福祉用具と訪問看護以外はすべて自分で介護した娘を思い出す。
「正直、介護中は、2時間以上続けて寝るなんて、出来なかった」
自身も70を越えていた娘は、シワが刻み血管が浮き出した手を擦りながら俯いた。
「そんでも、そんでも、生きててほしかったよ。まだ、お母さんと一緒にいたかった」
涙が膝に落ちる。
「初七日を過ぎた今じゃ、だんだん誰も来なくなっちゃって。生前はケアマネさんも看護師さんもしょっちゅう来てたのに、寂しくなっちゃった」
娘は涙と鼻水をエプロンで拭きながら、顔をあげた。
「真木さん、またこっち方面に来たときは回ってよ。渡したいもんがあるんだ。まだあげられないんだけど、週末にはできるから」
「んだな」
真木は優しく微笑んだ。
「また来るよ」
約束したのはつい先週のことだ。
しかし……。
スーパーカワサキの駐車場につくと、真木はシートを倒して目をつむった。
「30分経ったら起こして」
「え?お茶のみに行くんじゃないんですか?田村さんのところ」
「はあ?バカかお前は。死亡引き上げで集金も終わってんだから、もう客でもなんでもねーのに何で行くんだよ」
「え、だって近く回るとき寄ってって。渡したいものあるからって。真木さんも行くって言ってたじゃないですか」
「そんなん社交辞令だよ。お互い」
「違いますよ、少なくても田村さんは」
続く言葉を待ったが、しばらくして規則正しい寝息が聞こえてきた。
ーーーなんだ、この人。
客の前では調子のいいこと抜かして、結局フリーズドライを貫くのか。
「約束は守るためにあるんすよ」
反応のない真木の横で、九石は静かにギアをドライブに入れ換えた。
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