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だが、次の日もまた次の日も、真木は相変わらずの九石をシカトしていた。 達雄が半分困り、半分面白そうに、また今日も紙オムツ伝票をデスクに置いていく。 「……ま、真木さん」 無表情で書類に目を落とす真木に話しかけようとしたところで、達雄が、 「真木ー!」 指示書をヒラヒラさせている。 「いい加減催促きてんだけど。四釜さんのとこの引き上げ。行けねーか?」 一瞬顔をあげた真木がまた手元に視線を戻す。 「はいはい。行きますよ」 「引き上げですか?」 ここぞとばかりに話に混ざろうとするも、 「お前は関係ない。ショートベッドだから一人で出来る」 ピシャリとシャットアウトされた。 「真木さん忙しいなら俺行きますよ」 尚も食い下がると、 「しつこい!俺が行くって言ってんだろ!」 荒げた声に、隣に座る金原も、窓際で話していた安藤と三咲も、一同にこちらを向く。 みんなに注目され、ばつが悪くなったのか、真木はいつもの声に戻って鞄を手繰り寄せた。 「達雄さん。とにかく俺が行くんで、もうちょっと待ってくださいよ。悪いね」 言うなり鞄を肩に突っ掛け出ていこうとすると、出社した外川とぶつかった。 「おお、ビビった」 外川が大袈裟によろけて見せるが、軽く会釈すると真木はさっさと事務所を後にした。 唖然としていた一同が、久々に姿を見せた課長に慌てて挨拶をする。 その間を楽しそうに抜けながら、外川は応接室用のソファに座ると、 「新人君、おいで」と手招きした。 そそくさと向かい側のソファに座る。 「入社して、もうすぐ2ヶ月か。どう?仕事は」 「あ、えっと」 何といっていいものだろうか。 「何だよ、歯切れが悪いなぁ。楽しいとか、慣れてきたとか、建設的な返しがほしいなぁ」 少し顔を傾かせて長い足を組むと、コロンだろうか。上品な香りがした。 「金原さんや真木さんと回らせて貰って、本当に勉強になります」 「ほう!」 「福祉用具のこと、利用者のこと、介護保険のこと、もっともっと知りたいです」 「ふんふん。いいね」 「ただ」 「ただ?」 「その。真木さんを、怒らせてしまって」 「……ああ、さっきの?」 「さっきのってより、もうかれこれ一週間前からこんな調子で」 「は?一週間?それって怒ってるんじゃなくて、嫌ってるんじゃないの?」 「ーーで、ですよね」 外川は目を覆いながらゲラゲラ笑い出した。 「ありがとう!新人君!大変建設的な話が聞けたよ!」 それが嫌味だとわかると、九石はますます萎縮しながら言った。 「……こんなことを自分から言い出すのもどうかと思うんですが、自分は真木さんのサポートで採用してもらったのに、今は何も役に立てなくて。俺じゃダメなんじゃないかとか、考えて……」 「何を言う!」 外川の大きい手がガシッと肩を掴む。 「あいつのパートナーはお前でいいよ!これからも!」 「そうならいいですけど」 「よし、来い。今日は俺の仕事を手伝ってもらう。安藤ー!こいつ借りるからー」 「煮るなり焼くなりー」 「行くぞ!新人君!」 「あっ、はい!」 鼻唄混じりに事務所を出る外川に続いて、九石は走り出した。 ◇◇◇◇◇ 外川の仕事とは、来年春から本格的に導入になる予定のレスキューボタンについての試作事業だった。 特定疾病、または独り暮らしの老人の家に、このボタンを置くことにより、緊急時にオペレーターと繋いで、場合によっては救急搬送の手配までしてくれる。 市立病院で打ち合わせをし、秋田にあるというセキュリティ会社の担当者と会食をした。 4月までは試作で、ランダムに選んだ特定疾病30件、独り暮らしの老人10件に、ボタンを配布することになるそうだ。 時間も9時から17時で区切るが、本格的導入となれば、24時間体制に切り替わる。 「すごいシステムですね」 思わず呟くと、外川は満足そうに笑った。
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