5

4/4
前へ
/272ページ
次へ
◇◇◇◇◇ 何だかんだ、事務所に戻ったのは夜の8時過ぎだった。 外川は車から降りると、まだ明かりのついている事務所を見上げた。 「真木のことだけどさ」 吐く息が白い。 「大丈夫だから気にすんな」 何と返していいかわからずただ頷くと外川は笑った。 「じゃあな。今日は助かった。気をつけて帰れよ。あんまり浮かれて事故んないようにな」 「あ、はい!お疲れ様でした」 ワーゲンに乗り込む後ろ姿を見ながら首をかしげる。 ーーー浮かれて? まあ、確かに貴重な体験をさせてもらった。そういった意味では確かな高揚感もある。 そんなことを思いながら事務所に向かう。ドアを開けると、いつも遅くまで残っている三咲や安藤の姿はなく、代わりにいつも定時で帰るはずの華奢な後ろ姿があった。 「……真木さん?」 ちらりともこちらを見ずに立ち上がり、給湯室へ消えてしまう。 ーーこんな時間まで残っているのはよほど重要な仕事をしているんだろう。俺がいたら迷惑かな。早く出よう。 慌てて帰り支度を始めると、給湯室から戻ってきた真木が、両手でやっと持てるような瓶をデスクに置いた。 「トキ子さんから、お前にって」 ーーートキ子さん。あの胡瓜の漬け物をご馳走してくれたお婆さんか。 見ると、綺麗に青くて丸い茄子が、瓶一杯に詰まっている。 「屋内用歩行噐メンテナンス交換したんだけど、もっと幅広タイプで、疲れたときに座る座面がついてるものがほしいんだと。来週また行くから」そう言ってこちらを見る。 「そのときはお前も連れてこいとさ」 「あ、ありがとうございます」 久々に合う視線に照れてつい俯いてしまう。 「あとこれ、明日の引き上げ3件」 作業書をポンポンとデスクに並べる。 「ーーあ」 その中には数日前から話題に上っている、四釜の名前もあった。 「重量系ばかりだから、茄子漬けで朝飯モリモリ食ってこいよ」 僅かに微笑みながら真木は鞄を肩に突っ掛けると、 「帰るぞ。鍵かけるから早く出ろ」 と言った。 ーー待っててくれたんだ。 胸の奥が熱くなりながら、九石は慌てて立ち上がった。
/272ページ

最初のコメントを投稿しよう!

338人が本棚に入れています
本棚に追加