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午前中は住宅改修工事打合せと、病院でカンファレンス、午後からリクライニング車イスと手すりの引き上げを終えて、四釜一臣(かずおみ)の家についたのは、日も落ちる夕暮れ時だった。 呼び鈴がない木の引戸を軽くノックし、「邦子さーん」優しく呼び掛けると、奥からすぐに小綺麗な初老の女性が出てきた。 「真木さん。えらく久しぶりな気いするな」 「な。前は毎週会ってたからな」 「オムツ1袋だの、パット1袋だの、迷惑だったでしょ。まとめて頼めばいいんだけど、何が足りなくなるか、その時々で違うもんでわかんなくてさ。悪かったねー」 「いやいや。全く」 言いながら上がる。 「よし。じゃあ一臣さんに、まず挨拶するよ」 奥に続く障子をおもむろに開ける。 凛とした線香の匂いが鼻に入る。古い仏壇に、鮮やかな花が生けられている。 その脇に紫に金の刺繍が入った遺骨がおかれ、脇に白髪の優しそうな遺影が並んでいた。 一通りお焼香を済ませ、九石にも同じくさせた真木が、邦子を振り返った。 「いい写真あったじゃん。ないない言ってたのに」 「だいぶ前の写真だよー。倒れる前だもの」 「そう?じゃああんまり老けなかったんだな。俺の知ってる一夫さんそのままだもん」 「そーかい?」 隣に邦子も座る。 「退院してから10年だもんね。真木さんからベッドや車イス入れてもらって、酸素も借りて、一日一日の命を繋いで」 「……在宅は難しいって言われながら、一臣さんも邦子さんも、よく頑張った!」 言うと、邦子が堪えきれずに嗚咽を漏らし出した。 「……泣くなよ。邦子さん。化粧落ちるよ。今からお出かけなんだろ?」 笑いながら真木が邦子を抱き寄せる。 優しく肩を叩くと、邦子は笑いながら真木の背中に手を回した。 「……真木さんにもお世話になった」 「いやいや、俺は何も」 「もう会えないの?」 「今度はお茶飲みに来るよ。またうまい煮付け食わせてな」 真木の胸から顔をあげた邦子が、拭ったばかりの目にまた一杯涙をためて、 「きっとだよ」と言った。 「ああ、約束。じゃあ、迎え来る前に作業するよ」 邦子は声にならない声で、「お願いします」と言った。 ◇◇◇◇◇ 3モーターベッド、サイドテーブル、エアマット、リクライニング車イス、段差解消スロープ、酸素ボンベボックス付歩行器。 すべてを回収すると、六畳の部屋はストーブしか残らなかった。 ガランと物がなくなった部屋を見て、邦子は呆然と立ち尽くしているように見えた。 「埃が舞ってるから窓開けるよ、邦子さん」 真木が二重冊子を開けると、ヒュウと風が通った。 邦子が呟くように言った。 「ーーーお父ちゃん」 また目に涙が浮かんできた頃合いで、 「お母さーん!」 元気な声が玄関から響いてきた。 「お、迎えがきたな」 窓を閉めた真木が邦子の肩をバンと叩いた。 「久々のディナー、楽しんできな!邦子さん!」 「ーーーありがとう」 振り向いた顔には笑顔が滲んでいた。
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