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全員の心の声が聞こえてくる。
ーーー自分の親だろう?オムツ交換もショートの準備もなぜできないんだ。60も超え、定年を控えた大企業の専務があれもやだこれもやだと、まるで子供のようだ。
「ーーまとめると」
沈黙を破ったのは、真木だった。
「3択ですね。ショート追加を諦め、今までどおりデイサービスでつないで、週末は定時でヘルパーさんに来てもらうか。
ヘルパーさんにショートの準備を任せてオムツ交換は息子さんがするか。
ショートの準備だけ息子さんがなさるか」
ちなみに、と言葉を切る。
「私が息子さんなら3番目を選びますね。断然、楽なので」
息子がすごい目で真木を睨む。
「ーー知ったような口を」
「確かに、この中では間違いなく私が介護技術も知識も一番無いでしょうね」
へらへら笑う。
「でもだからこそわかる。母親の下の世話が一般男性にとってどれだけ抵抗があるか。
息子さん。あなた、今まで仕事をしながらも相当頑張ってきたんだ。ここで無理することないですよ」
息子はしばらく考えるように俯いた。
ーーーやれやれ、これで何かしらの結論は出る。
そこにいた全員が安堵のため息をもらしたとき、
「……何が一般男性にとって、だ。あんたにわかるのか」
「畠山さん!」
大貫が嗜めるように言う。
「ーーはは、冗談ですよ。言ってみたかっただけです。
真木さんのおかげで頭が整理できました。確かに3番でしょうな。それでいいです」
立ち上がろうとする。
「話し合いは終わりですか?明日も早いんでね」
「あ、では印鑑とサインもお願いします。あとショート先の青い鳥さんとは契約を交わしていただいて、スタートの日取りと時間のご説明だけさせていただきたいと思います。
ヘルパーさんと用具さんは、あとは結構です。遅くまでありがとうございました」
大貫が取り繕うように事務的に言うと、真木は一礼して立ち上がった。
「畠山さん」
気がつくと九石は息子の前に立っていた。
場の空気が緊迫するのがわかる。
「なんだ君は」
「申し遅れました。ケアハートの九石です。真木と同じく、私も今後は担当させていただくんでよろしくお願いします」
「九石、行くぞ」
足を止めた真木が歩き出す。
「もし用具に気になる点があったらメンテナンスしますんで、いつでも言ってください」
言葉とは裏腹に、息子を睨む。
彼はしばらく狐につままれたような顔をしていたが、やがて目線を外し静かに笑った。
「何かあれば真木さんに連絡しますよ。こう見えて信頼してるんでね」
もっと何か言ってやりたがったが、目の前で力なく微笑んだその姿があまりに小さくて、九石もその場を後にした。
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