339人が本棚に入れています
本棚に追加
「お待たせしてすみません」
そう言うと彼の気配が消えないように気を付けながら、アクセルを踏み込んだ。
見なくてもわかるのだが、形式上、胸ポケットからわざわざ取り出して確認する。
『次は……スタンドだな?』
真木が前を見たまま答える。
小さく頷くと、高速直前にあるネオレスに入る。
「いらっしゃいあせー!!」
元気のいい褐色の青年が走りよってくる。
「レギュラー満タンで」
「はい!ありがとうございます!内拭きお使いください!タバコの吸い殻ないですか」
ちらりと助手席を見るが、真木がしっしと払うように拒否をする。
「大丈夫です」
「窓お拭きしてもいいすかー?」
「お願いします。あ、あと」
真木の気配をうかがいつつ、少しゆっくり言う。
「空気圧も見てくれますか。遠出するんで」
「かしこまりました!こちら中拭きです、お使いください!」
青いタオルを渡して、青年はせっせと窓を拭き始めてしまった。
ドッ ドッ ドッ ドッ
心臓が高鳴る。これで終わりか?
「23リットル満タン入りました!」
青年が戻ってきてカードを返す。
「内拭き失礼しまっす!」
青いタオルを受け取り、レシートを渡そうとする青年に慌てて聞いてみる。
「空気圧は大丈夫でしたか?」
「はい!大丈夫です!」
青年はひまわりのようなカラッとした笑顔で微笑むと、レシートにサインを求めた。
ーーーここまでか。
半ば諦めながらペンを受け取ると、
「……どちらまで行かれるんですか?」
名前を書く手が震えた。
「と、栃木まで」
声まで震える。
「まじすかー。ここからだと3時間くらいすかね」
「そうだね」
「どうぞお気をつけて!」
言うと青年はまた百点満点の笑顔を見せた。
車を発進させると、思わず安堵のため息が口からこぼれた。
「ギリだな、ギリ」
横から真木の乾いた笑い声が聞こえてきた。
「大体、この二番目が難しすぎるんですよ」
付箋の二項目を睨む。
「当たり前だ。だから意味があるんだろうがー」
新たなタバコに火をつけつつ、真木が笑う。
「最後はもっと難関だぞ。神の御加護があらんことを」
相変わらず揺らめく白い煙からは、何の匂いもしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!