338人が本棚に入れています
本棚に追加
玄関の前に立つ。
今夜は日本海側に流れる寒波の影響で、ぐっと気温が下がるらしい。
それでも九石の手は、胸は、頭は、上気していた。
ーーーつい先日まで笑顔でいたのに。
俺、しゃべったのに。
漬け物御馳走になったのに。
ついさっきまでデイサービスに行って、電話に出て……
ーーー生きてたのに。
しっかりしろっ!!
誰かの声が聞こえた気がした。
はっと我にかえり、真木の携帯を起動させる。
電話帳を開きスライドする。
津川、津川。
ん?
電話帳に表示のあった名前に手が止まる。
「千鶴」
その名前は、ほぼ名字の登録のみで終わっている味気ない電話帳の中から、明らかに浮いていた。
「ーートキ子さん!」
そのとき屋根の雪が落ちるほどの叫び声が響いた。
「寝てんな!戻ってこい!あんた、孫の結婚式に出るんだろうが!」
真木の声だ。
聞いたことのない怒号のような声でトキ子を呼んでいる。
遠くで救急車のサイレンが聞こえてきた。当たり前だがどんどん近づいてくる。
雪の積もった道路に、白いヘッドライトがこれでもかと煌々と照らす。
それに向かって手を振り、身ぶりで家を指す。
路肩に停めると、救急隊員が、こちらを一瞥しながら玄関に入っていった。
九石はただその場に立ち尽くしながら、担架で運ばれて救急車に吸い込まれていくトキ子さんを眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!