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◇◇◇◇◇
「あ、やべえ。この人、要介護1だ。主治医意見書の確認書が必要じゃん」
退院サマリーを見ながら頭をかく真木に、九石はハンドルを握りながら言った。
「認定調査の写しもらったから、大丈夫ですよ。歩行不可にチェックついてるんで」
真木が信じられないという顔で、九石を見上げる。
「お前、本当に勉強してるんだな。すげーすげー」
言いながらサマリーをダッシュボードに滑らせている。
いつもと変わらない。
視線も、仕草も、声も、話し方もーーー。
でもーーー。
「……あの、真木さん。昨日のことなんですけど」
「マジでビビったんだろ」
「え?」
「目の前で人が死にそうになってんのって、怖いよな」
言いながら、指を鳴らして前方を指差す。それに従ってエンジンを掛け、駐車場を出る。
指が差す南に車を走らせる。
「俺も今回が2回目。つっても1回目のときは、ケアマネがやってんのを足震えながら見ることしかできなかったけどな」
シートに深く腰掛けながら続ける。
「俺たち終末期医療に関わる仕事をする者たちの運命なんだけどな。とくにうちをひいきにしてくれている五優堂病院からの紹介は、ターミナルの利用者が多いからさ。あー、ターミナルってわかる?」
「あ、はい。末期、ですよね?おふくろが緩和ケア病棟にいたので」
「ああ、そうか。そうだったな」
一旦言葉を切り、煙草を吸い込むとジュッと赤く光った。
「そんな現場にいるからさ、心肺蘇生法の訓練、毎年受けるんだわ。春だったかな。その甲斐あってか、できるよ。うちの社員全員。何も俺が特別な訳じゃない」
「ーーーそう、ですか」
「うん。そう」
真木は言ったきり、黙ってしまった。
「ーーーー」
ーーー告白もしていないのに釘を刺された。
つまり、俺は特別じゃないから、お前が惚れるまでもないと。
惚れられたら困ると、そういうことですか。
喉元まで出かかった質問は、喉仏に留まり、吸い付いて、やがて、重いしこりになって、喉の中に溶けていった。
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