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「すみません、待ちましたか?」
喫煙所にいた後ろ姿に話しかけると、真木はまだ長い煙草を灰皿に押し付けた。
「吸い終わってからでもいいのに」
「3本目だからいい」
言いながら、軽バンの助手席に乗り込み、クワッと猫のような欠伸をした。
「遅いよ。アポ10時だって言っただろー」
「すみません、引き上げの回収指示書出すの忘れてて」
「げ。勘弁してよ。俺が三咲ちゃんに怒られんだろ」
急いでシートベルトを締める。
「八幡町わかる?」
「若狭山の方すか?」
「地元こっちじゃないのによくわかるな」
「1ヶ月金原さんと回って大体覚えました」
「へえ。頼りになりますね」
作業書を片手にシートベルトを締めると、真木は正面を指差して言った。「はい、行って」
九石が軽く頷いて車を出す。社用車のクリッパーが乾いたエンジン音を立てて走り出す。
国道に出たところで、作業書をダッシュボードに滑らすと、真木は胸元に煙草とライターをしまいながら言った。
「お前は吸わないの?」
「はい。煙草の匂い得意じゃないんですよね」
「女子か」
鼻で笑われながら、信号で止まる。
「まだ先ですよね」
「うん。ひたすら真っ直ぐ」
シートベルトを緩めながら足を組む姿を盗み見る。
色白の肌に栗色のくせっ毛。通った鼻筋に長いまつげ。
「なぁ。明日、とうとう初雪だってさ」
ふいに振り向いた大きな目から、慌てて視線をそらす。
「クーラーボックス持ってこい。雪だるま作ってやるよ」
「いや、普通に雪見たことありますから」
長い前髪が風に揺れ、シャープなフェイスラインがきれいに見える。
「金ちゃんに聞いたぞ。ついこの間までスタッドレスタイヤの存在知らなかったんだろ?」
笑うと白い八重歯が覗く。
真木涼。絵に書いたような美しい男。
ーーーだが彼の体は女だった。
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