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夏に地方都市であるこの地に越してきてから、就職活動は暗礁に乗り上げていた。
履歴書を書いた枚数は 20枚、うち電話で質問をしてくれた会社が7件、面接までこぎ着けたところは0件だった。
ハローワーク脇の街路樹が赤く色づき出した頃、相談員からいささか唐突に介護の仕事を勧められた。デイサービスの介護福祉士。資格は入社後可とある。
体格がいいから力もあるし、独身だから夜勤も出来るし、というのが最たる理由だったが、はっきり言って自信がなかった。
母親を早くに亡くし、父親やその両親とも疎遠で、老人に接する機会もほぼなく生きてきた。
そんな自分が、他人の、しかも高齢者の介助など出来るだろうか。下の世話はおろか、車イスを押すことさえ想像つかない。
そして、“過去”を持つ自分が、そんな人の命に関わる職種に採用されるわけはない。
諦めながらも勧められるまま、履歴書を送ったのがこの会社だった。
国道沿いの商業団地、その一角にある細長いビルが、株式会社ケアハートだった。1階が倉庫、2階がケアプランセンター、3階がレンタル事業部とレスキュー事業部に分かれていた。
レンタル事業部という一見よくわからない部署のドアを叩くと、
「はーい、どーぞー」
と間延びした声が聞こえてきた。
「失礼します」
扉を開ける。
中は向い合わせのデスクが10台、その奥にまるで任侠映画に出てきそうな応接用のテーブルとソファ、奥にこれまたいかにもな上役デスクとリクライニングチェアが置いてあり、そこから立ち上がった男が、つかつかと寄ってきた。
「本日はお忙しい中お時間をいただき……」
「何て読むんだっけ?名前。送ってもらった履歴書見ればわかるんだけど、どっかやっちゃってさー」
「あ、はい。九石大輔です!」
「へー。さざらしって読むんだ。九石君ね。俺、課長の外川君。よろしくね」
抱いていた“課長”のイメージよりずっと若い。見たところ、30前後といったところだ。
「緊張してる?だいじょーぶ、うちの会社、人足りてないから、“よっぽどじゃない限り採用して”って社長からのお達し」
「え……」
「この会社は隣の北陽市に本社があって、そこに社長もいるんだけど、まあ滅多に来ないから。ちなみに俺の叔父です」
「はぁ」
「社員はまあ全員で200人超、ここ松が岬支部には、2階のケアマネ・ヘルパー合わせて20人ちょい。応募してもらったデイサービスは、本社の近くにあります。ここまでで質問は」
「な、ないです」
採用と言う言葉を聞いて、一気に緊張が増す。
「がたいいいね。何歳だっけ」
言いながらいきなり肩を組まれる。
「今年24歳です」
「なんかスポーツしてた?」
「高校までは野球を」
「まじかー」
外川は興味あるんだかないんだかわからないトーンのままソファに九石を座らせ、言った。
「ねえ、君さ。介護の仕事に就く気ある?ホントに」
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