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ふと隣を見ると優しそうな幼い男の子が笑顔で私に話しかけていた。
「ねえねえ、きく。きょうはね、さくらをかいたんだ!」
その笑顔を見て、これは夢だと悟る。もう、失われた笑顔だったから。
私はこの先の出来事を知っている。
ーーーいや、忘れたくないと思っている。
「そうなんだ!じょうずにかけた?」
あの時の私はそう、彼に問いかけた。
「うん!せんせいもね、じょうずだねって、いってくれたんだ!」
天真爛漫に笑うその姿を今でも覚えている。
そして、たしか彼はこの後.........。
「みてみて、きく!あのさくら、すごいきれいだよ!」
「ほんとだ!」
あの頃の私と彼は、川辺に咲き誇る桜の木々を柵から身を乗り出して眺めた。
それはとても綺麗な桜で。
それは淡いピンクの色で。
それは百花繚乱の有様で。
それは死へと誘う死神で。
それからのことはあまり覚えていない。
忘れたくないと思っても、所詮私は人。
覚えていることは、川に浮かぶ彼の姿と、泣き腫らした顔の親戚達。それから、桜への恐怖だった。
彼は川に落ちて溺れた。私の目の前を落ちていく桜の花びらと一緒に。
その彼の名は、咲良 藤(さくら ふじ)。
私の、双子の弟だ。
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