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「お前なんて俺のパーティーに要らねぇんだよ」
汚い地面にそんな言葉と僕を突き飛ばした。
小さい頃から一緒に過ごしてきたアイツからそんな言葉が出てくるなんて、僕を突き飛ばすなんて信じられなくて少しの間呆然とした。
「な、何で!?僕、僕と一緒に冒険しようって約束したじゃないか!!なのに今更僕を捨てるなんて…何で」
「何で?それはお前が役立たずだからだろ?何故分からない。今のパーティーは最強なんだ。補助職なんて、もう用済みなんだよ…早く出てけ」
「…でも!い、今まで頑張ってきたじゃん…だからこれからも」
「もういいって。邪魔なんだよ」
バキッと僕の心にヒビが入る音がした。
地面に座っていた体をゆっくり起こしてフラフラと歩き出した。行く宛ては無い。が、何処かに行かなければならない。
最悪野宿かもな
金も無い。宿のベッドで休んでいた所、急に掴まれて外に出されたのだ。勿論、荷物も向こうに置いてきてしまった
アイツはこんな事する奴じゃなかった。いつも優しくて強くて、僕の光みたいな人だった。昔、僕は泣き虫でイジメられやすかった。殴られ蹴られて、もみくちゃにされた時、アイツは必ず僕を助けてくれた。アイツが居たから僕は難しいと言われていた冒険者になったし、勇者に選ばれたアイツに釣り合うようにと補助職としてモンスターの弱点、特徴を熟知し、パーティーの皆が戦いやすいように夜な夜なノートに色んな情報を書き込んだ。
何が駄目だったのだろうか…僕が何かしたのだろうか。僕がいけなかったのか
僕が 僕が 僕が
僕が…
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
もう何時間歩いたか分からない。
光を失った今、静かな暗い暗い道をゾンビのように歩いている。
おどろどろどろ
喉が乾いてきて、お腹の音が町に響く。
少し休憩しようかな。
影がある所に座り込んで目を瞑る。
目を瞑ると風が吹いている事に気づく。刃のような冷たく鋭い風だった。それに気づいた頃には遅く、もう体が言う事を聞かなかった。カタカタと鳴らす体、白い息が右に流れる。
あぁ、ごめんなさい。もう少し努力をすれば良かった。もっともっとアイツに釣り合うようになればよかった。
頭が痛い。少し横になろうかな
ごめんなさい、役立たず な僕 で…
「あらヤダ!こんな所に人が倒れてるじゃないの!」
…??人?大きい
「大丈夫?こんな所で寝てると風邪ひくわよ!」
誰かに声をかけられたと思ったら体が暖かいものに包まれて、ふわふわと宙に浮いた。
「行く場所が無いならウチに来なさい」
意識が無くなる前に聞いた言葉はとても暖かくて、冷えた心に炎を灯した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
それから僕は娼館で「花」として働いている。
「花」は、男性に抱かれる男の子の事だ。そう、僕は男娼となった。
あの時僕を拾ってくれたのは娼館の店長だった。大きな身長、低い声の男性だけど女性のような話し方だ。そしてとっても面白くて優しくてカッコイイ人!
アイツに傷つけられ凍った心を溶かして甘やかしてくれたんだ。
店長はいつでもココに居ていいと言ってくれたが、僕は1文無しなのでどうにか働かせてほしいとお願いした。助けてくれた上に無料で住ませてくれるなんて後から怖いからね…
僕が働いている娼館は「花」が少なく、経営も良くないという話を聞いて、助けてくれた店長の為に「花」として働こうと決意した。思えばこの時から店長に惹かれていったのかも…
男性に抱かれる。というのは始めてで上手く出来るか分からなかったけど店長の厳選によって選ばれたお客さんばかりだったので皆優しく、安心して「花」になる事ができた。そして、僕は「蓮」になった。
初めてを経験してから、僕はその行為にのめり込んでしまった。お客さんから受ける愛情、好意がとても気持ちよかったのだ。もっともっと愛情に包まれたい!感じたい!と思った。
勿論、店長からの愛情は1番気持ちよかった。ふふっ
いつの間にか僕は、僕が来る前から「花」だった子達より上の存在になった。僕と行為をする時のお金は値が張る。そして安心して仕事出来るように沢山のルールがあった。全部店長が考えてくれたのだ。
店長を好いている「花」は多かったが僕には関係ない。だって店長は僕の物になったから。心底どうでもいい
そして、「花」としての僕は、知らない人が殆どいないほど有名になっていた。お客さんと話す時にわざわざ僕に会いに来る為だけに船に乗って来たという人もいたくらいだ。
「蓮は可愛い子だね。隣町から1週間かけて来た会があったよ」
「えへへ。ありがとう!」
嬉しい。嬉しい!!ずっとずっと僕を好きでいてね。離れないでね?
あぁ幸せ。僕の居場所はココだったんだ…。僕に会おうと沢山の人がやって来る。なんて、幸せなんだ
もう僕は役立たずじゃない。要らない存在なんかじゃないよね??
「《蓮》。お客さんよ」
「はーい。今行く!」
今日も僕は「花」になる。泥の中でも咲き誇る花「蓮」に
「いらっしゃいませ。本日咲き誇る「花」の蓮です」
僕は丁寧にお辞儀をする。手も足もしなやかに、咲き誇る準備をする。
「あ、よぅ…」
…?急に声をかけられて顔を上げる
「あれ?久しぶり」
見上げた先にはアイツが居た。
「今日はお話ですか?それとも花と戯れに?」
少し驚きはしたが何も思わなかった。いつも通りに客に接するような声色に戻る。向こうはそれに気づいて手をソワソワさせていた。
「いや、そうじゃ…なくて。」
「?…では何でしょうか
…あぁ、もしかして僕の今を笑いに来たとか?」
「…っ!!」
当たりか。やっぱり昔から変わってないね。
分かりやすいその態度
変わってないよ昔から。子供のままの君
でも
「ごめんね。僕はもう蓮になったよ」
僕が先に咲いたよ。君を置いて、こんなに成長してしまった
「あら、蓮。どうしたの?何かトラブル?」
「店長!」
僕は後ろから来た店長の傍に駆け寄る。この人の傍はとても暖かくて心地いい。
「あ…」
「…店長。この人は僕の幼なじみだった人だよ。僕を突き落とした人」
僕は冷たい声で店長に言う。チラとアイツの方を見ると、何処か傷ついたような顔をしていた。何故お前がそんな顔をするんだ。僕を突き放した癖に
僕は自然と眉を寄せていた
「あぁ、例のあの子ね。で、蓮はどうしたいの?」
「僕はもう話すことは無いよ」
僕は目を伏せながら、そう言った
「そう…じゃあ今日は帰ってもらいましょうか。」
「!?待ってくれ!俺は今来たばっかで、金も払って…」
「うーん。ごめんなさいね。蓮は人気の「花」だからこの後も予約で埋まってるのよ」
「よ、予定」
「そう。あなたの話は蓮から聞いたわ。私はあなた達のいざこざに割はいるつもりは無いわ。だけど、蓮を傷つけるなら話は別。それに…ほら」
ガツンとアイツに言った後、店長は僕の服の襟を捲って手を入れた。僕の首筋が露わになる
僕は顔をカッと赤くさせた
「あ、赤い…」
アイツは顔を真っ赤にさせた。そりゃそうだ。僕の首には客と店長に愛された後がビッシリとあったから。小さい頃から一緒にいたやつに見られるのは恥ずかしいけど、店長の指の感覚が首筋に伝わってきて足からゾクゾクと震える。
「そう。この子は変わったの。」
店長の長くて太いゴツゴツとした手が鎖骨から顎までスルスルと滑る。僕は行為の事を思い出して勝手に息が上がってしまう。
「だから、ね?」
アイツは耳まで赤くして手を握りしめていた。僕はその手を見て、その手で僕を触ってほしい愛してほしいと思った。なんだろうこの感情…。店長に触られてるから?あぁ。僕は変わってしまったなぁ
ハァハァと息を吐いている内にアイツは店を出ていってしまっていた。店長も僕の体から離れて「さぁ次のお客が来るわよ」と言った。何処か心がモヤモヤしているが、店長の背中を見ていると、なんかどうでも良くなった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
アイツが来てから3日経った
いつものようにお客さんとお話をしたり、行為をしたりして過ごしていた。
(最近暑くなったなぁ)
アイツに突き飛ばされた日が大寒だったっけ。じゃあ、店長に拾われてから大分経ったな
お客さんとの行為を終えてお風呂で身を清める。ボーッとするだけで汗が頬を滑る。隙間の広い格子からは緑の葉っぱが静かに揺れていて、そこに黒い蝶が飛んできた。
珍しい。こんな時期に?
こんな事もあるもんだ。何かいい事あるかな〜
とルンルンでお風呂を出る。
白い肌を傷つけないように軽くタオルで水を拭き取りながら店長が居るカウンターの方に歩く。すると、カウンターへの扉の向こうから誰かの話し声がした。もうお客さんが来たのか?まだ次の時間まで余裕がある筈だけれど。こっそりと扉を開くと店長と小柄な男の子が何か言い合っていた。
僕より背が小さくて、目がぱっちりな男の子。サラサラな黒い髪と、少し濡れているから、日に反射して綺麗な黒い目が印象的な子。
珍しい。娼館には奥さんに相手してもらえない中年の男の人や完全に男の子好きなヤバい男の人が多い。後は偶に来るバリタチの可愛い男の子か可愛い男の子に攻められたい男の子か。後者は本当に1ヶ月に5人来るか来ないかの割合である。
今回も後者かな?と思いながら話を聞き取る事に集中する。
「〜〜!!ねぇ!いつになったら俺に会いに来てくれるの!」
「いや、今はこの店の事でいっぱいなのよ」
「えぇ!?陽は仕事と僕どっちが大事なの!??」
陽?
店長の事?
「んぅ〜。そう聞かれると困るわねぇ…」
「はぁ?俺より仕事の方が大事だって言ってるの?」
「そ、そんな事は言ってないわよ!!」
「むぅ。じゃあ僕が「蝶」として戻ってきたら、また店の経営戻る?そしたらまた俺を可愛がってくれる?ねぇ!」
可愛いがる?何の話?どういう事?この子と店長の関係は何なのーー…?
ガタッ
「ぁっ…!」
しまった!
「誰!?そこに居るの!」
男の子が話を遮られたのがカンに障ったのかドスドスと足音を鳴らしながら、こちらに向かってきている。離れなきゃと思ったが足が地面にくっついて何処にも行けない。
(早く、早く離れなきゃ!)
足が動いた時には遅く
「なぁんだ。「花」か。びっくりさせないでよね」
扉を開けられてしまった
「蓮!あなた…」
店長に大きな声で呼ばれてビクッとする。何か驚いているような焦っているような、そんな表情だった。
「い、いや。お風呂上がったから…し、知ら せようと思って」
喉が上手く動かせなくてツギハギにしか喋れなくなる。僕は何を恐れている?僕は店長の特別な筈で、愛されている筈で…恋人な筈、で…
「俺、君見た事ないけど新人?」
「は、はい。そうです」
「そっかー!よろしく〜。俺、陽の…あ、あの店長の恋人の黒蝶って言うの」
「え…恋、人?」
「そう!陽と付き合ってるの!」
黒蝶と名乗った男の子は店長の方に駆け寄って腕を絡める。そして、うっとりとした顔で僕の方を見る
「え、あ。いや、蓮?これは…その…あ!あなたこの後の予定聞きに来たんだっけ?そういえば次の相手は常連のあの方よ!!内容はお話だと伺ってるわ!」
僕の表情に気づいたのか店長はヤケに早口で、聞いてもないことを言い出した。
「いや。僕は店長に逢いに来たんだけど…」
僕が邪魔者のように感じてきて下を向きながら店長に強気に話す。
その様子を見ていた黒蝶が
「…?何、2人どうしたの?」
と、少し声のトーンを落としながら僕と店長に話しかけた
「僕、店長と付き合ってます。」
「は?」
僕が言った言葉に困惑する黒蝶。しかし、直ぐに片眉を釣り上げて店長に詰め寄った
「陽!どういう事!?今この子、アンタと付き合ってるとか言ってるよ?あんたのストーカー?妄想癖激しい子!?」
「い、いや。黒蝶?落ち着いて?」
店長はグイグイ詰め寄る黒蝶を手で受け止めて受け身の姿勢になっていた。
「ちょっと!アンタどういう事!?」
店長に聞いても埒が明かないと思ったのか、今度は僕の方にドスドス歩いてきた。彼の背中にはドス黒いオーラが見えたような気がした
「僕、ここに来て少ししてから店長と恋人になりました」
「は?じゃあアンタが陽に詰め寄ったの?それとも陽から?」
「…んと、自然に?」
「……っ!あんたねぇ!言っとくけど「花」より「蝶」の方が位が上なの!分かる?」
「蝶」?「蝶」って何?
「あれ?もしかして分かってない感じ??なぁんだ。陽この子に何にも教えてあげなかったんだね。」
「い、いや。それは」
「あはは!かっわいそ〜!!」
甲高い声で笑う黒蝶は少し不気味で気持ち悪かった。完全に勝ち誇ったような笑い声だった。
「陽。楽しかった?こんな可愛い子に手を出すの」
「黒蝶。あのね。本当に違うの…」
「あのね。陽の代わりに俺が君に教えてあげる。」
「!やめなさい!黒蝶!」
「このお店には「蝶」「花」「根」の3階級がある。」
「3階、級?」
「そう。「蝶」は1人、「花」が沢山いて「根」は雑用係だから「花」の倍はいる。アンタは「花」でしょ?俺は
「蝶」」
言っている意味が分からなかった。頭が真っ白になって言葉を受け付けない。
「俺は店長に愛されてるから「蝶」なんだ。お前は「花」でしょ?だったらお前は店長の浮気相手。「蝶」にならない限り恋人にはなれない。この店はそういう仕組みなのさ。知らなかった??本当に可哀想だね。」
「て、店長!黒蝶さんが言ってる事って本当なの?」
黒蝶の後ろに立っている店長に質問を投げかける。店長は手を前でモジモジさせて居心地が悪そうにしていた。
「はぁ…そう。蓮…ごめんなさいね。言ってなくて」
「そうじゃなくて!僕は恋人じゃなくて…う、浮気相手だったの!?」
「…本当にごめんなさい」
ドロドロした感情が芽生えてくる。
そんな…じゃあ僕は、僕はずっと店長に遊ばれてたってこと?だって、あんなに愛してくれたのに、愛おしそうに僕に笑いかけてくれたのに!
「あれ?泣いちゃった!あは、可愛い〜!あーあ、陽に夢中じゃなかったら俺、君の事好きになってたかも…泣き顔可愛いもん」
ニヒルな顔で僕の顔に触れる。しかし、その手は優しくて暖かかった。
「でも。陽が好きだからお前、いらない」
だから消えて??
「え…?」
「蓮!!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
暗い町を裾をズリながら歩く。綺麗な服だったけれど気にしている余裕は僕には無かった。腹部が暑く燃えるようだ。
汗と鼻水と涎でぐしゃぐしゃな顔を歪め、フラフラと静かな町を歩き続ける。
「ふぅぅ゛!!フー゛…!!」
ボトボトと血が流れ続ける。それと共に息も荒くなっていく。手で抑えても溢れて、零れて
痛い
痛い
痛い痛い痛い!!
何で、何で僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ!
人生最悪だ…!
僕は何処で間違ったのだろうか。何がいけなかったのか。
「うぅ…!うぅぅぅうう゛ぅっっ!!」
痛さと辛さで呻き声が出る。
悔しくて、悲しくて、寂しくて…
『蓮!』
不意にアイツとの思い出が、走馬灯の様に頭を駆ける。
家が隣でいつも一緒に遊んで雑魚寝した事
虐められた時助けてくれた事
冒険者になると言った時1番喜んで応援してくれた事
パーティーに誘ってくれた事
モンスターに襲われそうになった時庇ってくれた事
パーティーを追い出された事
酷い言葉を言われた事
…
何で今思い出すんだよ…
何で今出てくるの?
何で今、泣いてるの?
アイツの傍はとても落ち着いた。心が癒されて、嫌な事もあっという間に治ってしまう。僕と似たようなアイツ。でも何処か違う。そんなアイツが僕は好きだった。
何故、忘れていたんだろう。この気持ち。
後悔した所で気分が悪くなってきてその場に蹲る。黒蝶には腹を何回も刺されて店を追い出された。店長も追いかけてくれなかった。やっぱり僕は浮気相手だったんだ。遊びだったんだ…。
やっと、居場所を見つけたと、思った…のにな…
頭がふわりと気持ちよくなってきて、ドロドロと血が流れるのが分かる。体も固くなってきて地に着く。
僕は仰向けになり月を見ながら考える
やっぱり僕は役立たずだったんだ。
僕は先に泥に埋まる事になりそうだ。ごめんなさい。ごめんなさい…最後に、声が聞きたかったな
さよなら、「睡蓮」。
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日が眩しい朝。
町の道で男娼が亡くなっているのが見つかった。その男娼は日に当たってとても綺麗に輝いていた。まるで「泥の中の蓮」の様だったという。
そして、彼の死体は笑顔だった。彼は幸せだったのだろうか?それは…
fin.
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