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もし、本当に天国と地獄があるのなら僕はまちがいなく地獄に堕ちるだろう。
だって、僕は悪い子だから。
『これより裁判をはじめる』と閻魔大王と思わせる顔が御札で隠れている大男が告げた。
両脇にはボディガードと思われる強面な男達が立っていた。
閻魔大王らしき男は慣れた手つきで罪状を手に取って『お主は親殺しの罪で地獄行きじゃ!といいたいところだが』という。
何だか煮え切らない感じだなぁ。いいよ、はやく地獄に連れてってよ。
閻魔大王らしき男(もう閻魔大王でいいか)が『どうもお主が殺ったようにはみえない』と訝しげに僕を見つめる。
まずい。
絶対にバレる訳にはいかない。バレる訳にはいかないのに。
すると、右側に立っているボディガードらしき男が『調べましたが、子奴は違います。手違いでこちらに来ました』と僕の正体をあっさり見破る。
やっぱり通用しないよね。分かりきってる。
『どれ、お主はどこからきてどういった経緯を持ってここにいる。話せ』と閻魔大王は威圧してくるものだから仕方なく事情を話すことにした。
僕は売られた子供だった。
幼い頃に僕の両親だった人が泣きながら僕を売ったのを微かに覚えている。
それから僕は売り物として扱われるようになった。
首には値札をつけられて、脱走対策に常に縄で後ろ手足を縛られていた。
お風呂は月に一回。
ご飯なんて、犬のように地面に這いつくばって泥だらけのパンを食べていた。
僕は身分卑しきもの。
そう、あの日伯爵夫人に買われていってしまうまでは。
それから僕は伯爵家の長男アルベルトとして扱われるようになった。
今まで名前すらもなかったのに、アルベルトとして扱われるようになってからは毎日使用人たちから『アルベルト様』と呼ばれて最初はかなり戸惑ったけど、その戸惑いを表に出すことを許されなかった。
だって、僕は身代わりだから。
アルベルトは二ヶ月前から行方不明で捜索願いを出されていたが、ついに見つかることはなかった。
お母様は自身の立場を心配したのだろう、アルベルトの代わりになる少年を秘密裏で探していた。
そんな中 僕はお母様に出会って買い取られた。
僕は伯爵家の長男として育てられることになり、テーブルマナーからダンスのやり方までみっちり身体に染み込まされた。
まさか、人買いに売られていた見窄らしい子供が綺麗な洋服を着てテーブルマナーも身に付けた貴族のご子息になりすましているなんて、誰も気付かないだろう。
だけど、その見通しは甘かった。
それはある社交界の出来事だった。
子爵が何者かによって毒殺された。
子爵が飲んだワインに毒が仕込まれていたらしい。
そして、あろうことか僕が犯人として疑われた。
なぜだ、と僕は聞いた。
『それは…アルベルト様が子爵のワインに毒を仕込んでいるところが目撃されたからです』と警官は狼狽えながら教えてくれた。
僕は、子爵がワインを飲んだといわれていたときは公爵夫妻と談笑していた。
おかしい。
そう考えていると、僕にそっくりな男の子が僕をみて嘲笑っていた。
僕はそれを見逃せなかった。
『なにが、おかしい』と聞いたら、その少年は『だまれ、偽物』といった。
なぜ、偽物だって知っている。
動揺していたら、お母様が驚いて『アルベルト…?』と少年に聞いた。
少年は、『お久しぶりです。お母様』と愛らしい笑顔でいった。
お母様は、アルベルトを抱きしめた。
本物のアルベルトが見つかった話は屋敷中に広まり、本物のアルベルトは歓迎されていた。
一方 僕の正体もバレてしまって身分卑しき売り物が伯爵夫人を脅してアルベルト様になりすましていた!という噂が広がった。
僕は、以前のようにボロ雑巾のような布切れを着て一日中働かせられた。
貴族のご子息から奴隷にまで堕ちた。
『ハハ、いい気味』とアルベルトは嘲笑っている。
お母様ですら、僕を汚いものを見る目で見ていた。
かつて僕を『アルベルト様』と呼び慕っていた使用人たちすらも僕を見て嘲笑っている。
なんて、身勝手な奴らなんだろう。
許せない。
こいつらに罰を与えなくては。
僕は計画的にあいつらを殺さなくては。
目には目を歯には歯を。
噂には噂を。
ハムラビ法典に則ってアルベルトを社会的に始末するように仕向けた。
まずは、あの御方の元に向かおう。
その夜、僕は薔薇が咲き誇る庭園に向かった。
そう、公爵夫人のお屋敷に。
公爵夫人は『まあ、アルベルト様!こんなにやつれて…可哀想に』と仰って僕を抱きしめてくれた。
『突然の訪問お許しください、公爵夫人』と深々とお辞儀をした。
公爵夫人は『なにがあったのですか』と恐る恐る尋ねてきた。
僕は、公爵夫人に『人買いから売られていた少年がアルベルトと名乗って伯爵家を乗っ取りに来たのです』と嘘をいった。
人が良い公爵夫人は『まあ!大変でしたね…私で良ければお力になります』というものだから、僕は内心申し訳なくなりながら利用させていただくことにした。
『ありがとうございます!』と涙ぐみながら礼をいった。
それからアルベルトは伯爵夫人を騙して伯爵家を乗っ取ろうとした人買いから売られていた売り物として扱われるようになった。
公爵夫人は、先日の子爵の事件もアルベルトが僕を陥れるために濡れ衣を着せたと伯爵夫人に訴えたことで伯爵夫人が僕に泣いて謝ってアルベルトを汚いものを見る目で見た。
それからアルベルトはボロ雑巾のような布切れを着て一日中働かせらせていた。
アルベルトは僕を見ながら、『絶対に許さない』といった。
僕は、『ざまあみろ』とアルベルトを嘲笑った。
もともと貴族だったアルベルトがキレたのは時間の問題だった。
アルベルトは、まず伯爵夫人をナイフで刺した。
それから伯爵を刺して、屋敷を燃やした。
アルベルトは『次は、お前だァァ!!』と叫びながら、僕を刺そうとしたとき。
僕はアルベルトを脇に差していた剣で刺した。
僕は燃え上がる屋敷とともに燃えて灰になってしまった筈だった。
『なるほどな』と閻魔大王は頷いていた。
左側に立っていた男は『どうしましょうか』と閻魔大王に伺う。
しばらく閻魔大王は考え込んでいたが、口を開いた。
『判決は、現世に帰れ』
え?どうして?
『納得してなさそうだな。お主は親殺しの罪で地獄行きにはできない。』続けて、『だが、お主を天国にも連れて行けない。生きて罪を償え』と厳かに告げた。
僕は、アルベルトの代わりに生きる。
もう決して僕の出自をバレないように、嘘で塗り固めて生きる。
そう固く決意した。
『さあ、急いでください』と閻魔大王のボディガードに促されて僕は三途の川まで走った。
生きて罪を償うために僕は走った。
コンコン、とドアを叩く音が聞こえる。
『失礼致します、アルベルト様』とボロを身にまとった少年はドアを開けた。
『そんなに畏まらなくてもいい、君は今日から私の息子なのだから』といって抱きしめた。
私は、その子をルドルフと名付けた。
ルドルフは嬉しそうに私に頭を撫でられていた。
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