おんみょうじょは祓いたい

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おんみょうじょは祓いたい

「はあぁぁぁぁ……。」  吾妻 伊織(あがつま いおり)は、友人である千鶴(ちづる)のその見事なため息に反応せずにはいられなかった。 「ど、どうした、ちーちゃん。おはよう。」  教室に入るなり伊織に背を向けて机に突っ伏した千鶴のポニーテールが、その言葉に反応してズルリと持ち上がる。 「あー……、おはよー……いおりん。それがさぁ……。」  花粉は飛散しているが、清々しい春の朝。にもかかわらず千鶴が見せた陰鬱なその表情が有事を予感させてならない。 「どうもねー……最近、うちに妖怪がいるみたいなの。」 「ほほう。」 千鶴の言葉を聞いた伊織は、目を輝かせて勢いよく立ち上がった。 「この現代に燦然と輝く陰陽師女子高生、略してのアタシを前にして、妖怪ネタを振ってくるとは、いい度胸だね、ちーちゃん。」 握りこぶしを胸の前にかざして直立する伊織。千鶴は伊織の倒した椅子を戻しながら、哀れみの目を向けた。 「どうしたの、いおりん。いつもの病気?」  心配の攻守が逆転し、千鶴は伊織の様子がとても心配になった。 「ね、ね、ね、それ、どんな妖怪?」  どうやら、伊織の耳に千鶴の心配する言の葉は届かぬ模様。こうなっては仕方ないと、千鶴はため息交じりにこうつぶやいた。 「妖怪。」 「……はい?」  豆鉄砲を食った鳩のように目を丸くする伊織。そんな伊織をよそに千鶴はその名を繰り返す。 「妖怪。」 「……えっとー……。」  理解の追いつかない伊織に手を差し伸べるように、千鶴は続けた。 「だよ、知ってるでしょ? 掃除したばかりのソファーの前の絨毯がいつの間にかに真っ黒に汚れるの。」 「へ、へぇ、あー……あれね。……それは大変だね。」  昨今は御大が記した妖怪の辞典にはない妖怪が次々と生み出される。これも時代というものか、と伊織は無理や自分を納得させようと試みる。  しかし、千鶴はそんな伊織の顔を訝しげに覗き込んでいった。 「いおりん、おんみょうじょだ!って息巻いてたけど、もしかして、知らないの?」 「そ、そ、ソンナコトナイヨー。あ、お母さんからメール来ちゃったからちょ、ちょっとまって……。」 慌ててスマホを取り出した伊織は、陰陽師SNSシキガミーで妖怪名を呟く。 『【情報求ム】現代妖怪の「」って知ってる人ー?教えて詳しい人。』 "しらなーい" "俺、占星が専門だし。" "私も風水担当なので、退魔は門外漢です。" 「……チッ。」  伊織はフォロワー達の役たたず度合いに内心穏やかではなかったが、知らないものは知らないのだ。それはどうしようもない。 ……それならば。  伊織はスマホを鞄に放り込むと千鶴に向かって言い放った。 「ねー、ちーちゃん。アタシ、今日学校終わったらちーちゃんち行っていい?」 「えー……なんで?」  虎穴に入らずんば虎子を得ず。こいつは一度見に行くしかないな、と考えた伊織は妖怪を一度は目にせんと心に決めたのだ。何より、そんなだれも知らないようなレア妖怪なら、シキガミーでめっちゃバズんじゃね?という邪な考えがあるとは誰も言ってはいない。 「ちょっとー、退魔というかー、怪異は見つけたら祓わなきゃいけないっていうかー。おんみょうじょの血が騒ぐのよね。」 「まぁ……いいけど……。」  こうなっては止まらない、ということをよく知る千鶴は、諦めの表情を隠すこともなく渋々と認めた。 「じゃあ決まり!部活は休みね!」  そうは言うが、伊織は帰宅部。部活を休まなきゃいけないのは吹奏楽部の千鶴だけだった。
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