やってしまいました

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やってしまいました

残業しているのは私たち二人を含めて、計五名。他の三名は自分の仕事の追い込みだったり、手直しだったりをしています。いわゆる要領が悪くて仕事が出来ない組。デキる社員は定時でいつも帰ります。 何故ならここの部署は裁量制なので残業代が出ないからです。もちろん管理職の私も然り。 「あとは一部づつまとめてホチキスで止めていくだけですね。その前にちょっと用を足しに行ってきます」 「あ、僕も行きたいです」 ◇◇◇ 手洗い場で、佐藤さんの様子を探ってみることにしました。少し愚痴でも聞いてあげようかと。 「どうですか、最近は」 そう言って何気なく佐藤さんがいる私の左側に目をやると…… 彼は固まりながら鏡を見つめていました。 そして、堰を切ったように泣き出しました。私は驚きませんでした。むしろ、今までよくあの場で泣かずに一人で受け止めてきたと思います。 ここで思い切り泣いていいですよ。スッキリするでしょう。少しは。 「僕は……今日宮原さんにみんなの前であれだけ叫ばれたことがとても恥ずかしくて……悔しくて……」 そうでしょう。あなたも人間なのですから。 「でも、それはいつもヘマをする自分が悪いので反論が出来なくて。そんな自分が心底嫌で。本当に情けなくて……たまに消えて無くなりたくなります」 私は思い違いをしていました。 あなたは……本当はプライドを持っている。逆にプライドが高いから……落ち度のある自分が完璧な他人に対して異を唱えることを良しとせず、いつもあんな風にグッと堪えているのですね。 いつか完璧な自分になって、その時に晴れて他人に意見するよう、夢見ているのですね。それで今、必死に一人でもがいているのですね。 そんなに力を入れて生きなくても良いんですよ。時には自分の感情の赴くままに行動しても、わがままとは言わないのですよ。自分の意思を、しっかりと外に見せつけることも時には必要ですよ。 そうアドバイスしようとした矢先…… 彼は私のほうに真っ直ぐ向き直って、真っ直ぐな汚れのない目でこちらを見て言いました。 「僕にとって課長だけが……唯一安心出来る人なんです」 ああ……なんて……健気なんだろう。 アキラ……この子を見ていると君を思い出す。私にとって唯一無二の存在である君のことを。 私はその瞬間、どうしようもない不思議な気持ちに溢れ、気付けば佐藤さんの頬に両手を添えて彼の唇に自分の唇をそっと触れさせていました。 我に返った私は、急いで顔を離して佐藤さんに背を向けました。そして白々しくも何事も無かったようにこう言いました。 「さ、早く仕事に戻りましょう。ここにいつまでも二人でいると、変に思われます」 そのあと私は佐藤さんの顔をろくに見ることが出来ませんでした。奥ゆかしい彼は、その後あの件に関して何も言ってきませんでした。それがわかっていて、私はその事に自分からは一切触れませんでした。 ずるいですね、私は。
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