八月二十五日(水曜日)

2/3
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
  「私達は……あと何回こうして会えるんだろうね……?」  彼女の言葉は震えていた。  怒りになのか、悲しみになのか、そのどちらも含まれているのかもしれない。  彼女の言葉にはそう感じさせるような嗚咽が混じっていた。 『ちょうどいいか……』  俺はそう思い、初めて彼女に向き合い口を開いた。  そこには彼女の顔と、その目尻に溜まった涙だけが映し出されていた。  それ以外に印象に残されたものと言えば、その白い肌に美しく着飾られた白いワンピースだけだった。 「きっと……今日で最後だ。  明日からの風景に、あんたの姿はもう無い。  何をそんなに悲しんでいるかは知らないけど、もう俺には関わらないでくれ」  数分の沈黙。その均衡を破ったのは彼女のほうだった。  彼女の浮かべた苦悶の表情には、一切の事情を知らないにしろ何かしらの情を湧かせてしまうものがあった。 「そう……なんだ。  圭一君……」  彼女、雪菜は俺の名前を消え入りそうな声で呼んだ。  必死に堪えながら何かを伝えようとしているらしい。  その言葉を最後まで聞いてやることだけが、今の俺に出来るせめてもの礼儀のように思えた。 「この数日間……すごく楽しかったよ。  毎朝家まで迎えに行って、途中までだけど一緒に学校に行って、帰りも一緒に帰って……  私ね、今まで男の子と手を繋いだ事どころか、ろくに話もしたこと無かったんだよ。  こんなこと出来たのは、圭一君が初めてだったんだから……」  嗚咽に混じりながらも、彼女の言葉ははっきり、しっかりと紡がれ続けた。 「花火大会の日、浴衣を着て行ったら、すごく似合うよって褒めてくれたね。  あの時、すぐ俯いちゃって言えなかったけど、本当はすごく嬉しかったんだよ……それから……」  そう言いながら、彼女の言葉は一時中断された。  それは嗚咽で声が出難かったわけではなく、ただただ何かを躊躇っているかのようだった。 「うん……たくさんの思い出を、この数日間で数え切れないくらいもらった。  本当にありがとう!」  彼女は無理矢理笑顔を作って俺に向けた。  彼女の顔は美しかった。  しかし、その無理矢理取り繕った笑顔は、もとの美しい顔には到底及ぶものではなかった。  
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!