7.私を覆い尽くした

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7.私を覆い尽くした

 何日か思い悩んだ末にそれ以外思いつかず、今度はわざと紙を落とした。先日と同じように、拾って、近付いて、私を見て欲しくて。馬鹿なことをしていると思うのに、止められない。  緊張で汗を流し、跳ねる心臓を抑え付け、スージーのほうへ落ちるよう祈りながら手を離した。フワリフワリと静かにスージーの近くへ落ちていく紙を、固唾を飲んで見守る。足元に落ちそうで、喜びに胸をときめかせたら、スージーの箒に丁度良く払われて離れた場所に着地した。  がっかりして、ため息が出る。拾うためにそちらへ向かったら、急に動いたスージーの肩にぶつかった。  すぐ近くに赤毛が見えて、鳥肌の立った体が固まる。 「あ、ごめんね。紙を拾おうと思って。はい、これ。……どうしたの?」 「……な、な、なんでも」  顔が熱い。きっと赤くなっているんだろう。  恥ずかしさで俯いた目に、紙を持つスージーの手が飛び込んできた。  近くを、少しだけ近くを持つように受け取ってもおかしくないはずだ。  痛いほど心臓が脈打つ。手を出して紙を掴んだ。私の手とスージーの手の距離にクラクラする。こんなに近くて変に思われないだろうか?  窺うように見ると、目が合って微笑まれた。 「はい、どうぞ」 「あ、ああ、あ、ありがとう」  クルリと背を向けて、箒を動かしながら歌う低い声が耳から入りこみ、私の内側を潤していく。  安らかな音が満ちるのに、胸の高鳴りが治まらないのはどうしてだろう。  目の前に見えた、背の高い彼女の髪が今は遠い。窓から差し込んだ光が当たって赤銅色に輝いていた。  うまくいったことに安堵し、それからもわざと紙を落とし続けた。毎日では怪し過ぎると思い2、3日空ける。毎回、丁度良く落とすのもおかしいので、スージーがくる前に床へ紙を置いておく方法も混ぜた。  近くでもっと声が聞きたい。受け取るときに、お礼以外のことを話しかけたいのに何も思い浮かばない。これは紙を受け取る手の位置に集中しているせいでもある。もう少し近くでも大丈夫だろうかと、少しずつ距離を縮めている。  あとほんの少しで触れそうだ。掠る動作なら大丈夫だろうか? 掴むときに掠ってしまうのはよくあることか? たまになら、そんなことがあるかもしれない。初めて落とした時のように間違って触れてしまうことはあるはずだ。  そう考えつつ、いざそのときになると自然に振舞える気がせず、実行に移せない。今度こそはと思いながら何度目かの機会を逃した。  何日か空けて、また紙を受け取った。掠る動作を意識し過ぎて緊張し、掴む場所を間違えて手にぶつかってしまった。頭に血がのぼり、震える手を必死に抑えて謝った。スージーは気にしないでと笑い、すぐに離れてしまう。  触れた。  かすかに触れた手はカサついていて、私の心に引っ掛かった。きっと、ここで掃除するように、他でもクルクルと働いているのだろう。歌いながら、喋りながら楽しそうに。  彼女が居るすべての場所に私も居たい。  スージーに触れた箇所から草花が芽吹き、私を覆い尽くす。  心が震え、小さな音が体の中で鳴っている。その白い手を握り締めたい。握り締めて、抱きしめたい。  胸が苦しい。
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