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「ママ~、これなぁに?」
今年で九歳になる娘が瞳を輝かせながら問い掛けてくる。
まるで宝箱でも見つけたかのように差し出すその手には、箪笥の奥に仕舞ってあった小さな小さな桐の箱が握られていました。
「何が入ってるのかな~」
期待に胸を膨らませているようでしたが、蓋を開けた途端、明らかに落胆する感情が見て取れました。
「……ミミズ?」
幼い頃に初めて『へその緒』を見た時は、私も同じイメージを抱いたものです。
それどころか、少し気持ち悪いとさえ思ってしまいました。
年を重ね、それが何であるのかを理解しても尚、さほど特別な物なのだと言った感情は薄かったように思えます。
ただ、あの日。
祖母の葬儀が行われたあの日から、少しずつそれに対する認識が変わっていきました。
『俺を産んでくれてありがとう……』
そう呟きながら、棺の中で眠る祖母の枕元にそっと『へその緒』を置く父の行動がとても不思議で……でも、とても神聖な姿に思えて……。
だけどそれは祖母にとっても、勿論父にとっても大事な物の筈なのに、どうして棺に納めてしまうの?
焼いてしまったらもう二度と見る事も、手に触れる事も出来ないのにどうして?
もう父には要らない物だと言うの?
泣きながら聞く私に対し、父は優しく話してくれました。
母親が子供を産む事は……只それだけで偉い事なのだと……。
だから浄土への入り口で閻魔様に会った時に『へその緒』を見せて差し出せば、その人は多くの罪を免除してもらえるのだと……そう教えてくれました。
その時は、これで祖母が迷う事なく浄土へと歩んでいけるのだと……。
何の心配も無く、安らかに旅立つ事が出来るのだと……。
そう思う事で悲しみを和らげようとしていたのかもしれません。
でも、私自身が娘を産んだ今ならば、祖母の気持ちが良く分かります。
きっと祖母は閻魔様に『へその緒』を見せる事も、差し出す事もしなかったのではないでしょうか。
お腹の中に新しい命が芽生えたと知ったその日から、日々想いを馳せ、語り掛け……。
お腹を撫でながら感じた子供との繋がりの証……。
そんな大事な物を……。
掛け替えの無い宝物を手放すなんて出来る筈がない。
例え、それを差し出す事で多くの罪が許されるのだとしても……。
例え、渡さなかった事で浄土へ行けなくなったのだとしても……。
きっと、祖母は今でもそれを大切に懐に隠し、抱き締めていると……そう思うから。
「ねぇママ、これが何なのか早く教えてよ」
そうね、娘には何て説明しようかしら?
今はまだ難しいかもしれないけど……。
でも、きっとあなたにも、この気持ちが分かる時が来るわ。
「これはね『へその緒』って言って、とてもとても大切な宝物なのよ」
「へそのお?」
「そうよ……ふうちゃんとママが……」
「……そうなんだぁ……」
「……でね……なの」
「……へぇ……」
……………。
…………。
………。
……。
暖かい日差しの中、娘の笑顔と共に流れる時間がとても心地よい……。
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