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神使
彼だと分かった。
見るまでもなかった。
今年の供儀が滝つぼへと投げ込まれた瞬間、ぼくには分かった。
水を伝い、彼の気配が存在がぼくへと教えてくれる。
「やっと、逢いに来られた――」
と。
彼のことを水で感じるのはこれが初めてではない。
時折、彼の精を滝の水に感じていた。
彼がどんな思いで滝つぼへと精をこぼし続けていたか、ぼくにもそれから感じ取ることが出来た。
思わず御座から神域から出そうになったのは、一度や二度ではきかない。
だから今、捧げられた供儀は確かに彼だ。
かつて地上で、村で一緒に生まれ育ち日びを過ごした彼。
自分と同じくらい、いや、それ以上に大事で大切に想っていた彼――。
ちょうどお互い同じ頃に大人の男と成って、――精が通るようになってぼくたちは無邪気にも喜んだ。
そして神使に選ばれるまでのほんの短い間、確かめ合った。
今、この時を共に生きていることを。
ぼくが神使に選ばれてもなお、地の上と水の中とに分け隔てられてしまってなおそのことはまるで変わらなかった。
生きていれば、生きてさえいれば又逢うことが出来る。
彼は女を知らないまま妻を持たないままで待っていてくれた。
供儀に、生け贄に選ばれるまで。
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