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「ん……?」
翌朝。ベッドの中で目覚めてまず目に入ったのは彼女の寝顔だった。
それだけなら気にも留めないが、みじろいだ際、男は自分の腕の内側に妙な黒いアザがあるのを見つけた。
「ぶつけたにしては……変な形だな」
肘へと向く頭蓋のようなフォルムには襟巻を彷彿とさせるヒダ。手首に向かうにつれて尾のように細くなる曲線。中腹で四肢のように飛び出た小さい突起。
まるで蜥蜴のように見えるそれは、気付いたら右腕の内側にくっきりと現れていた。
つい部屋を共にする蜥蜴を連想して奇妙な心地になったが、ただのアザであればそのうち消えるだろう。と自らを納得させる。
起きて身支度を整えていると、彼女も男の腕にできたアザを見て「変わった形だね……?様子見て治らないようだったら皮膚科に行った方がいいかも」と不思議そうな顔をしていた。
特に出かける予定も立てていなかったので、二人で男の部屋にあった映画のDVDを見ることにする。
リモコンを取った時、再度違和感に気付いた。
「あれ……?」
「どうしたの?」
彼女の問いかけに答えるように、男は己の腕を見せる。
「アザが、消えてる……」
呆然としたように男が呟いた。彼女も同じ表情で首をかしげる。
アザがあったのというのは見間違いだったのだろうか……?いやしかし、自分だけでなく彼女も記憶しているのだ。
二人して寝ぼけていたとでもいうのか?そんな馬鹿な。
男は恐る恐るアザがあった個所を撫ぜる。皮膚に痛みも変わった様子もなく、ハリのある弾力が返ってくるだけだ。普段と何も変わらない。
互いに奇妙な不気味さを感じたものの、追及するのもなんだか恐ろしいように思えて、ぎこちなく会話が途切れた。
なんとも言えない居心地の悪さを、彼女が明るい声を出して打破した。
「まぁ、消えたなら良かったよ。それよりほら、映画見よ?」
「あ、あぁ……そうだな」
どこかざわざわとした心は、映画を鑑賞していくうちに少しずつ薄らいでいく。
儚くも切ない恋模様と、人間的成長を描いた名作は何度見ても男の心を揺さぶった。
物語の男と女は話が進むにつれ内面が成長していくが、それに伴い互いの関係性も変化してしまうというすれ違いがリアルだった。
繊細な表情を魅せる俳優達や、色彩豊かな情景も相まった美しい映画は二人のお気に入りだった。
エンドロールの曲と共に、ふぅ、と息を吐いた彼女は、隣の男の様子をみて目を見張る。
「……あれ?悠祐、この映画のラストシーン見るといつも号泣してなかったっけ?」
言われた男は、そこで始めて自分が涙していないことに気が付いた。
「な、はずなんだけど。変だな、何度も見たから慣れちゃったのかも」
数度瞬くが涙は出ない。
それどころか、普段なら感じる胸を締め付けるような悲しさもやってこないのだ。
どこかもやもやとした腑に落ちないものを感じたが、まぁこれが歳を重ねるというやつなのかもしれない。と納得した。
青い感受性もやがては鈍く、良く言えば逞しくなっていくのだろう。
少しの寂しさを感じつつ、男は納得したように苦笑を漏らした。
──カサリ、と微かな音を立て蜥蜴は部屋を後にする。
人の感情をひとつ食いつくし、己の養分にして。
そうして生き延びた後にまた、新たな誰かの感情を奪う。
するりと男の部屋から抜け出した蜥蜴は、ベランダから道路へと歩みを進める。
腹は満たしたとばかりに、以前よりも俊敏な動きで蜥蜴は進んでいく。
無作為に辿り着いた先で、次の空腹を満たすために。
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